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雑記と私#78:作品は死なず

大山のぶ代さんが亡くなられた。

大山さんとは言えばやはり”ドラえもん”だろう。
1979年に始まったテレビ朝日版ドラえもんにて
同名役を26年務め、国民的アニメとしての地位を
確立させた立役者の御一方である。

以前はドラマや他の作品への出演をされていた
大山さんは、ドラえもん役が定着し人気となって
からはそのイメージを守るために他のお仕事を
ほとんど受けなかったそうだ。
それほどまでに世代を超えて愛された人、そして
キャラクターだった。

そのイメージがあまりにも強いからだろう。
Twitter(現”X”)を見ていても大山さんへの哀悼の
念をこめた呟きはドラえもん一色だ。


それは理解出来る。
ただそうした呟きの中には
「さようなら、ドラえもん」
といった、まるでドラえもんというキャラクターが、
あるいは作品そのものが終わってしまったかの様な
ものが散見される。

これには到底納得が出来ない。

ドラえもんという作品もキャラクターも健在である。
大山さん達先代のキャスト陣から水田わさびさんを
中心とした現在のキャストへとバトンが渡されて
から、まもなく20年になろうとしているのだ。

にも関わらずその様な呟きがなされるのは、今も
作品を作り続けているスタッフやキャストの方々に
失礼なのではないだろうか。

あまつさえ
「ドラえもんは大山のぶ代さんしか認めない」
などという馬鹿げた言動まで出てくる始末だ。

そんな輩は1人でいつまでも過去の作品だけを見て
思い出の中でだけ生きていればいい。

そんな奴に現在も作品を送り出し続けている関係者や
今のドラえもんを愛しているファンに物申す権利など
ありはしない。

1人で〇慰行為でも何でもしていればいいのだ。

その為に今のキャストの方々を貶めるのは、ひいては
バトンを託した大山さんたち先代キャストの方々への
冒涜に他ならない。


大山のぶ代さんの残した功績はとてつもなく大きい。
それを悼む気持ちは国民レベルで同じだろう。

であればこそ、それをこの先に伝え続けるためにも、
新旧分け隔てなく作品を愛し、応援していく。
それが大山さんの望みなのではないだろうか。

私は水田わさびさんのドラえもんも大好きだ。

考えてもみてほしい。
水田さん演じるドラえもんで育ってきた人達が
今や成人し、選挙権を持つに至っているのだ。
偉大な先人たちから託されたバトンを、時には
誹謗中傷まで浴びながら、これだけ長く努力し
継続してきたのだ。
敬意を評すべき方である。


アニメ界に多大な影響を与えた大山のぶ代さん。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

夢を、ありがとうございました。

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