高校刑事ヤマダー/「スピンオフなの回?!返上、悪の使者!ならば、私の名はヤマーゼン!」/創作小説と私
生徒会長、熊矢 善児は悩んでいた。
この学校には日々問題が絶えない。
その嘆きの声は生徒会にも届いている。
「購買で2年ほど前に買ったスリッパがボロボロに
なった。不良品を売りつけられた。」
「落とした消しゴムを○○君が返してくれません。
○○君どうしてですか。」
「□□先生の香水のニオイがキツい。スメハラだ。」
「リア充熊矢、爆発しろ。」
中には駅からの通学路のアップダウンがキツいから
専用の送迎車を出せというものまである。
しかし・・・あれ以来、”彼”は姿を現さない。
あの「O阪府立Y田高等学校令和△年度前期生徒会
役員選挙立会応援演説会」にて熊矢ことヤマークを
倒し、生徒会長の座を辞して去っていった男。
『高校刑事ヤマダー』。
彼は今、どこで何をしているのか。
なぜこの未曾有の危機に駆けつけてはくれないのか。
熊矢の浮かない表情を見て、副会長のマリ子さんが
心配そうに声を掛けてくれた。
「熊矢くん、どうしたん?何か不安でもある?」
そうだ、こんな事ではいけない。
俺は何の為に生徒会長になったんだ!
マリ子さんを見る熊矢の目に輝きが戻った。
そう、ヤマークの仮面の下に隠された、あの時の
何かに燃える瞳のように。
「大丈夫、マリ子さん。俺はやるよ。」
凛々しい顔の熊矢を見て、マリ子さんは生徒会室にも
関わらずぽーっとなってしまった。
数日後。
熊矢は3時間目が特別教室での授業だったため、
教室を移動しようとしていた。
ちょうど2時間目と3時間目の間の休憩時間は2階の
購買部でパンの販売が行われる時間だ。
そこへ通りかかった熊矢は、異様な光景を見て足を
止めざるを得なかった。
購買部の前でパンを販売しようとしているオバサ…
お姉さんを、3人の男たちがテーブル越しに囲んで
いるのである。
そのためにパンを買いに来た生徒たちは皆足止めを
喰らっている状態だった。
やるべき仕事をさせてもらえず怯えているお姉さん。
お昼ご飯となるハズのパンを買えず怒号をあげる
生徒たち。
(これはいけない!)
生徒会長として、熊矢は生徒たちの先頭に立った。
「お前たち、何をしているんだ。皆困っているじゃ
ないか。」
毅然とした態度で話す熊矢を3人の男子生徒たちが
睨みつける。
「悪いけどこのパンを売らせるワケにはいかへん。」
「どういう事だ?!」
熊矢の疑問はもっともである。
パンを買えず困っている生徒たちがその声に続く。
「そうだ。どけよお前ら。休憩時間終わるだろ。」
すると、3人のうちまとめ役らしき男が怒鳴った。
「ガタガタうるさいわ!文句言うな!」
「ひっ!」
前の方に居た女の子が怖がっている。
熊矢はもう一歩前に踏み出した。
「何のためにこんな事をしているんだ!」
「うっさいわ!引っ込んでろや!」
熊矢は突き飛ばされ、後ろに転倒した。
「やっぱ弱いなお前。あのヤマダーとかいうヤツにも
負けとったもんな。」
3人が熊矢の事を笑う。
「クソッ、こうなったら・・・。」
立ち上がった熊矢はその場を後にした。
「おい、生徒会長!」
「何や、頼りにならへんな。」
生徒たちの怒りは熊矢へと向けられる事になった。
休憩時間が終わるまであと数分。
このままではパンが買えない。
生徒たちが悲嘆に暮れていたその時である。
「やめろ、貴様ら!」
生徒たちをかき分けて、1人の男子が現れた。
それは緑の仮面で目元を覆い、緑のマフラーを巻いた
熊矢そっくりの謎の男。
「何や熊矢。今度はヤマークでご登場か?」
3人組が嘲笑うのをよそに謎の男は言い放つ。
「私は熊矢ではない。Y田高校、悪の使者、略して
ヤマークでもない!」
その言葉を聞き、バカにしたように首を傾げながら
先頭に立つ男が訊ねる。
「ほなオマエは何やねん?」
「私は・・・この学校を苦難から救う善の使徒。そう、
Y田高校、善の使徒、略して、ヤマーゼンだ!!」
そう言うとヤマーゼンと名乗る男は左手を腰に当て、
右手を高々と掲げた。
「どうでもえぇわ!」
しびれを切らしたリーダー格の男が拳を振り上げ、
ヤマーゼンに飛びかかろうとしたその矢先。
一人の生徒が購買の向かいの教室から飛び出し、
二人の間を横切った。
リーダー格の男はその生徒の足につまづき、顔面から
廊下に倒れ込んだ。
その隙を見て、ヤマーゼンが他の二人にしがみつく。
「皆、今だ!パンを!」
生徒たちは一斉にパンを求めて押し寄せた。
「キミたち、ちゃんと並べよ!」
必死に体を張って悪漢たちを押さえながら、しかし
ヤマーゼンは生徒たちの統率を忘れなかった。
「あ、悪い悪い。ちょっと漏れそうで。」
飛び出してきた生徒が口先だけの謝意を示す。
怒りが収まらないのはリーダー格の男だ。
「何してくれてんねん!!」
鼻血を流しながらその生徒に怒りをぶつける。
「あ、岡部。」
教室から飛び出してきた生徒が廊下の奥の方を指差し
そう言った。
岡部先生は生徒指導担当であり、空手部の顧問でも
ある。非常に厳格で自身も空手の有段者だ。
生徒たちからも恐れられている存在である。
「チッ、熊矢とそこのオマエ!覚えとけや!」
3人の男子生徒たちは渋々去っていった。
そこで休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。
生徒たちは慌てて自分の教室に戻っていく。
ヤマーゼンは周りを見渡したが、岡部先生の姿は
何処にもなかった。
「キミ、助けてくれてありが・・・。」
機転を効かせてくれた生徒にヤマーゼンがお礼を
言おうとしたが、彼は生徒たちと共にすでに姿を
消していた。
自分も教室を移動しなければ・・・。
ふと思い出し階段を上がり始めた所で、ヤマーゼンは
思わぬ人物と鉢合わせた。
生徒指導の岡部先生、その人である。
「お前、熊矢だな。何だその格好は?!」
「いや、あの、これはその、アレとは違って・・・」
熊矢は立会演説会でのヤマーク事件の後、岡部先生に
こっぴどく怒られたのだ。
「放課後、生徒指導室まで来い。いいな。」
「はい・・・。」
突き飛ばされ、生徒たちには失望され、岡部にも
捕まり、この後の授業は遅刻確定だ。
熊矢はすっかり項垂れていた。
一方その頃。
「やるようになったな、ヤマーク。いや、ヤマーゼン
だったか。」
一人の生徒がトイレに籠っていた。
本当に漏れそうだったのである。
ボタンを一つ開けた学ランの襟元からは、ド派手で
”真っ赤な”裏地が覗いている。
「頼んだぞ、生徒会長。」
そう呟く”彼”もまた、次の授業は遅刻確定である。
やがて放課後。
生徒指導室へと訪れた熊矢を待っていたのは、申し訳
なさそうに照れ笑いを浮かべた岡部先生だった。
「すまんな熊矢。見掛けだけで判断してしまって。」
開口一番、謝罪された熊矢は呆気に取られた。
「あの・・・どういう事ですか?」
「匿名でオレにメモ書きが届いてな。熊矢がみんなの
ために体を張って頑張ってくれたって。あとで購買の
お姉さんにも確認してみたがその通りだった。」
「匿名、ですか。」
熊矢の頭には教室から飛び出してきたあの生徒の事が
頭に浮かんでいた。
「まぁ間違いなく男子だな。字が汚くて読むのが
大変だったよ。」
そう言ってガハハと笑うと岡部先生は続けた。
「頑張ってくれよ、生徒会長!」
「・・・ハイ!」
熊矢の心は一気に晴れやかになった。
そうだ、俺がやらなきゃ。
この学校の生徒会長は俺なんだ。
”彼”に頼ろうなどという甘えた考えは捨てよう。
「それにしても緑はどうかなぁ。」
「え?」
「オレも子供の頃はヒーローものとか見てたけどさ、
やっぱりヒーローは”赤”じゃないか?いや、”赤”は
もう居たんだったか。ここの生徒がどうかもよく
わからんが。」
「そうですね。”彼”が居なくてもこの学校が良くなる
よう、俺が頑張ります。」
「そうだ熊矢。お前、空手やらないか?」
「すみません、運動は苦手で。」
「違うぞ熊矢。大事なのは心だ、精神だ。お前には
見込みがある。」
「ハハ、少し考えさせてください。」
「申し訳ありません。思わぬ邪魔が入りました。」
リーダー格の男が膝をつき、頭を垂れる。
「仕方ありませんわね。まぁいいでしょう。次は
ワタクシ自ら出向くと致しましょうか。」
口許を羽根つきの大きな扇子で隠しながら、髪の長い
その人物は男たちにそう告げた。
「そんな!そこまでの事じゃ・・・。」
「お黙りなさい!この役立たずめが!」
「・・・ははっ!」
正体不明の人物は扇子のウラでニヤリと笑みを浮かべ
ポツリと呟いた。
「出ておいでなさい、ヤマダー。そしてワタクシの
足元にひれ伏すがいいわ。オーッホッホッホッホ!」
薄暗闇に響き渡る高笑い。
新たな野望がY高を覆い尽くさんとしていた。
高校刑事ヤマダー外伝
ヤマーゼンの章[完]