「光る君へ」とはいかなるものだったのか
ついに「このよをば」、ついに道長出家、まひろの旅立ち
11月17日の回で、ついに藤原道長は「このよをば」の歌を詠みました。
そして24日の回ではまひろの旅立ち、それが引き金となったかのような道長の出家が描かれました。この2回はいずれの回も「最終回です」と言われても納得できるような雰囲気、内容であったように思います。
平安時代の可視化、ありがとうございます!
24日の回を見て、急にものすごくはっきりとこの大河とはいかなるものだったのかを勝手に悟ったので、そのことを記したいと思います。
まずとにかく平安時代の可視化、特に平安中期の可視化についてはありがとうございます以外の何物でもないな、と素直に思います。
除目がどのように行われていたのか、当時の貴族達はどのようなことを考えていたのか…今までクローズアップされることのないものだったと思います。そして何より、今まで一定程度平安時代に詳しいか、平安時代が大好きな人しか知らなかったような人々、一条天皇、円融天皇、三条天皇、敦康親王(の死は思わず涙してしまいました)、定子、彰子、藤原道隆、道兼、伊周、隆家、公任、斉信、行成、実資…こうした人物たちに役者さんたちの顔がつき、声が聞こえ、生きている姿が可視化されたことは本当に大きな収穫です。これからも続々と平安中期がドラマ化されるとは思えませんので(衣装などかなりそろったと思うので、近いうちにまたぜひ!と熱望しています)、今回の役者さんたちは今後かなり長い間、歴史上の人物を背負うことになっていくのではないでしょうか。すごいことです。
平安貴族はのんびり歌詠んで「まろ」「おじゃる」とか言っているだけではない
…ということも一定程度理解が広まったのではないかと思います。個人的には各帝と藤原氏との相克が描かれていたことにワクワクしました。円融天皇の詮子への愛憎、三条天皇と道長の駆け引きなんて本当にシビれました。道長の娘たちの入内についての葛藤もすごくよかったです。彰子さまがどんどん変わり、特に敦康親王の件での怒りと覚悟が、父道長を初めて「左大臣」と呼ぶという形で現れたところもぐっときました。彰子さまが今後ゴッドマザーとして君臨する未来が見える、見上愛さんの素晴らしい演技が続いていて惚れ惚れしてしまいます。
描かれなかったもの①―中関白家の魅力
一方で描かれなくて残念だったものもたくさんあります。
まず代表格なのは、道隆、伊周をはじめとする中関白家の魅力ではないでしょうか。『枕草子』を読むと豪放磊落な道隆、オシャレで優美な貴公子伊周、かわいくておちゃめな隆家の姿がとても魅力的に描かれています。また、定子さまは素敵ではあったものの、大河では終始、ずっとしっとりしていましたが、もっと快活な部分があるように『枕草子』では読めます。
大河ではなんだか思慮が足りない怨念深い人たち、みたいな感じでしたが、『枕草子』のような描き方をしてもっと視聴者の人気者にしておけば、その失墜の絶望がもっと胸に迫って視聴者の心をかき乱したのではないかと思います。視聴者って心をかき乱されるの好きだと思うので…(偏見ですか?)
描かれなかったもの②―紫式部の執筆の苦悩
『源氏物語』って本当に本当に読めば読むほどおもしろいな、と思っているのですが、まひろさん、ものすごくさらさらさらと書いていましたよね…そしてとにかく長い源氏物語。でも特に執筆に没頭しているような様子もなく、結果24日には完結していました。もっと鬼気迫るかんじで書かないと物理的にも精神的にも書けなくないかな、と単純に思ってしまいます。
描かれなかったもの③―紫式部の執筆の価値
これが最大の問題点(あえてそう書きます)だと思います。
大河ドラマでは、『源氏物語』は、あくまでも彰子さまに一条天皇の心をつなぐための動機であり、それだけのものであるという範疇を出なかったように思います。もちろん人々が楽しんで読んでいる様子はありましたが、「楽しんで読んでいる」だけだったともいえます。
しかし、『源氏物語』は楽しんで読むというレベルを越えたものとして当時の人々に受け取られていたのではないかと思います。
それを表すのが藤原公任の「このわたりに若紫やさぶらふ」のくだりです。平安時代は男女の区分が非常にはっきりした時代でした。
漢字は男が使う文字であり、仮名は女が使う文字でした(もちろん和歌は仮名であり、男性も使っていましたが、公文書などはすべて漢文であり、男性がまず使えなければならないのは漢字であり、漢文でした)。
仮名で書かれた物語は女子供の読むものとして一段階低いものとして扱われていたわけです。
しかし、公任はそれを読んでいたことを、宴会の場であえて自ら明かします。それは『源氏物語』を読んでいることがトレンドであり、オシャレであり、必読のものであったことを示しています。
『源氏物語』がエポックメイキングな作品であったことを示す事象です。
しかも、紫式部は「男に生まれればよかった」と父から言われ(これを倫子が言ったのは示唆的でおもしろかったですが)、自らも「一」という漢字すら書けないふりをした、というものすごく鬱屈した思いを抱えた人です。それを放出し尽くして描いた『源氏物語』が当時の人々の価値観を変えている。
そうした歴史のダイナミズムみたいなものは、正直今回の大河ドラマからは感じられなかったと個人的には思います。大河ドラマは歴史を描くものであるとするならば、紫式部には『源氏物語』を執筆した「歴史」があり、『源氏物語』が何で重要かといえばまず文句なくおもしろいのはもちろん、当時の人々の価値観を変えた作品である「歴史」がある、とするならば、この大河ではこのことを大きく描くべきだったのではないでしょうか。
描かれなかったもの④―藤原道長と一条天皇の影響
そうした紫式部の鬱屈が全投入され、放出され、価値観を変えるという形で歴史を動かした『源氏物語』は、藤原道長の経済的なバックアップがなければ決して生まれないものでした。確かに大河ドラマにもそうした場面はあったものの、大変さらっとした描写であったことは否めません。道長は『源氏物語』に一条天皇を彰子につなぎとめるという価値しか見出していません。しかし、ソウルメイトというならば、紫式部がそうした作品を生み出す苦しみを支え、その物語の価値をいの一番に認める人であってもよかったような気がしています。
確かに歴史上の藤原道長も、『源氏物語』については彰子後宮の価値をあげるものとしてしか見ていなかったかもしれません。しかし、藤原道長が、そして一条天皇が、女に漢字は不要という価値観のなかで、彰子が漢文を学ぶことを喜んで援助し、紫式部に漢学の才があることを讃えている(一条天皇)のです。彼らのそうした型にとらわれない理解とサポートが、『源氏物語』をはじめとした多くの作品がうまれる土壌となったにも関わらず、大河ドラマの藤原道長と一条天皇からはそうした面はあまり見られませんでした。本当に残念だと思います。
道長とまひろの精神的なつながりは、このふたりでなければならなかったのか
24日の回は道長とまひろの別れの回であり、大変見応えがあったのですが、はたと気づいてしまいました。
この大河の主軸となっていた道長とまひろの関係。
これは藤原道長と紫式部でなくては描けないものだったろうか、ということに。
個人的な答えはノーです。
幼なじみとして出会い、身分と立場が添い遂げることを許さず、でも主従という形でよりそい、最後別れる。
大変簡略化して述べれば道長とまひろの関係は以上の2行でしょう。
この2行、藤原道長と紫式部でなくては描けなかったでしょうか。
違うと言わざるをえません。
藤原道長と紫式部でしか描けなかったとしたら、それは上記の紫式部の執筆をめぐるふたりの関係性であったと思います。こちらが主で、従としてそれを支える密やかな愛があったのなら、間違いなく藤原道長と紫式部オリジナルの関係となったでしょう。しかし、ふたりの密やかな愛が主で執筆が従となってしまったため、身の程知らずを承知で言えば、よくある身分違いの恋に落とし込まれてしまったのではないかという総括を最終回前に悟ってしまいました。
源氏物語を直球でやったらよかったんじゃないかな…
そして思いました。
藤原道長と紫式部の関係性は、正直ふたりである必然を感じられない愛の物語だったけれど、そこにこそ力があり、確かにそこがおもしろかった。道長と紫式部だと思うから物足りなさがあるけれど、愛の物語を描こうとしたという点だけ見たらおもしろかった。
…ってことは、源氏物語を直球でやればよかったんじゃない?
と。
24日の回は、個人的にはまひろの選択は紫の上のifに見えました。
手に入れられない人(道長、光源氏)のそばにいる苦悩から解放されたいから旅にでたい(まひろ)/出家したい(紫の上)。
その選択を必死に止める道長/光源氏、それでも旅立つまひろ/それを振り切れない紫の上。
旅立たれ(まひろ)/先立たれ(紫の上)、絶望からそれまでの妻には見向きもせず出家する道長/光源氏。
SNS上では浮舟に重ねる意見もありました。
総じてずっと源氏物語の内容を二人の関係性に取り込んで描いていて、そこがおもしろかった回として印象に残ったり話題になったりしていると思います。
…ってことは、源氏物語を直球でやればよかったんじゃない?
めちゃくちゃおもしろかっただろうなーと思ってしまいます。
もちろんフィクションを大河ではできないのでしょうが、なんだかそちらのほうがしっくりきたんじゃないかなと思ってしまったのでした。
とはいえ。
基本的には平安中期を1年間大河ドラマとして見られる贅沢は何物にも代えがたいものでした。
おもしろいこともたくさんあったし、勉強になったこともたくさんありました。
残りあと少し。個人的には周明と駆け落ちして欲しい!と思っているのですがどうなるでしょうか。隆家もめちゃくちゃカッコよかったです。
楽しみに最後まで視聴したいと思います!