
カーバンクルの呪詛御玉
序
依頼を受けてやってきたのは混乱に渦中に陥った都市。
宝石の魔力に魅入られてしまい、不幸が度々おき、とうとう恐怖のどん底に落ちたらしい。
突然変異の黒い毛皮をしたカーバンクル。こいつが今回の討伐対象だった。見たものを意識的に宝石に変えるという化け物。
昔宝石を持ったものが不幸に見舞われるという物語を見た記憶があるのだが、創作物よりも怪物じみているのだから比較すれば恐怖心も薄れるというもの。
折角破格の大金を前金に払われているのだから引き受けない訳にはいかない。
命を脅かすほどの脅威にも関わらず札束だけで動かされるのだから、改めて人間ってのは強欲な生き物だと感心してしまう。
仕事道具を揃い終えると意気揚々と玄関扉を開けた。
肝心のこいつが以前依頼を受けた幻獣なのだという複雑な心持ちを胸に。
狩人
混乱が起きる1年前。
「宝石を生み出す幻獣?」
その話を耳にしたのは雪解け水が河川を増水させ、新緑の若葉が芽吹いた春のことだった。
カーバンクル。【宝石を持った獣】という異名を持つ体長20cmほどの小柄な猫のような幻獣。常に10〜20くらいの群れで生活し、性格は臆病で警戒心が強く、人が近づこうものなら威嚇したり、時に噛み付いたりしてくると人には慣れないと聞く。
その中でも黒いカーバンクルが一番の人気商品だと子供のように目を輝かせて力説してくるが、土砂を詰め込んだ鐘を打つが如く俺の心には全く響かなかった。
どの商人も貴族も躍起になっていますよ。1匹捕るだけで一生遊んで暮らせる大金が手に入るのですから。
どの時代にも金に目が眩んでこれ以上進んではいけない一線を超えてしまう馬鹿は一定数いるが、大金積んでやるから怪物の腹の中に飛び込んでこいと言われているようなものだ。
「正直に言う、やめとけ」
「どうしてですか?私と君の仲じゃないですか」
正直取引先相手としてはこの女は最上級の顧客だ。今までの取引でも遜色ない段階の人だが、手を出すべきでないと本能から拒絶の合図が出ている。
「カーバンクルが造る呪いの魔石って聞いたことあるか?」
「呪いの魔石…はあ」
「その宝石を持った人間は欲望に駆られてその宝石をどんどん収集したくなるのさ、魔石が持つ魔力に蝕まれることさえ気づかずにな。数々の不幸が度々起こりまくって最後に狂ってしまっていう御伽話だ」
「所詮は御伽話でしょう?現実に持ってこれる話ではないでしょう」
「リアリストのいうことは違うな、わかったわかった。1匹だけ捕まえてくるから書面にある金額4つ桁増やしておいてくれ。あと、後悔だけはするなよ?捕らえた後に文句をつけるのはなし。」
「承知いたしました、それではよろしくお願いいたしますね」
「はいよっと。毎度あり」
俺は渋々ながら契約書にサインを入れる。これで十数年は遊んで暮らせるくらいの金額が手に入ったものの、馬鹿正直に喜ぶ気にもなれずに天井を仰いで思いっきり溜め息を吐いた。
夕方に都市から出発する列車に乗って4駅先で降りると、紅い月が浮かぶ幻想的な空間を創り上げている街に辿り着く。
夜になると常に仮装をして街を闊歩するという伝統があるらしく、伝統と言いつつも余所者の俺にはその良さがイマイチわからない。
街から数キロ歩いた先、カーバンクルたちがいるという幻の森。道のあちこちの木の枝に灯籠が付けられており、薄暗い森の中を仄かに照らしている。
シダや苔の生えた湿った地面を踏みしめつつ奥地へと向かう。
「さっさと1匹だけ捕まえて帰ろう」
トラップは単純なもので、餌を囮に干渉板を落ち葉で覆い隠し、獲物が乗った重みでクリップ部分が外れて木の枝へと引っ張られている伸縮自在のワイヤーで一気に釣り上げるというもの。
カーバンクル相手ならこれが一番効率がいい。正直、あんな小動物を銃で撃ち殺す真似は2度とごめんだ。
数時間後、キィキィと鳴き声をあげながら木の枝の下でジダバタと踠く黒色のカーバンクルが後ろ足をワイヤーに引っ張られる形で逆さ吊りになっていた。
このワイヤーも特殊で、触れた物の魔力を一切遮断するという優れもの。
「よーし、いっちょあがり」
「ちょいとごめんよ」
ワイヤーを取り外し、魔力を遮断する檻の中へとカーバンクルを閉じ込める。
常にワイヤーなどで縛っておくとストレスで魔力が減ったり、宝石を生成しようとした時にボダ山を作ってしまう可能性があるのでなるべく丁重に扱う。
初見で挑んだ時、普通の籠にカーバンクルを閉じ込めて中を覗き込んだ時に右目を宝石に変えられてしまったので前回の学びを活かして大枚叩きながらも魔力を外部に通さない檻を購入したのだ。
檻の奥で唸り声を上げつつ、紫眼の奥を怪しく揺らめかせる。俺を宝石にでも変えようと試行錯誤を巡らせているが、それが俺に届くことはない。
無から有は生まれないように、カーバンクルたちも空気から宝石は生み出せない。
こいつらからすれば自分から生み出した魔力と何かしらの物質があれば宝石を作り出すのは朝飯前。
さてこいつで荒稼ぎするのはこれで最後だ。今度からこいつを狩猟対象のリストから外しておかなければなと独言る。
宝石商
狩人の人がカーバンクルを捕らえて1週間後、私は薄汚い狩人の平屋へと足を運んだ。
埃が服につくのであまり行きたくないと思っていたが、なるべく他の商人よりも早く先を越したかったのでこの程度の文句は飲み込んだ。
「ありがとうございます」
「どうってことよ」
相手の狩人はさっさと持って帰ってくれと言わんばかりに鬱陶しそうにこちらを見ている。はいはいさっさと帰りますよ。
心の声とは裏腹に自分は営業スマイルを浮かべて狩人の小さな平屋から出て行った。
大枚叩いただけで打ち出の小槌が手に入ったのだからこんなにもいい買い物はここからの人生でもうないだろう。
魔力封じの檻の中に閉じ込められた黒いカーバンクルが奥で縮こまりつつも睨みつけてくるが、魔力を封じられている以上、宝石に変えられることはない。
獣を幽閉するための檻の中に閉じ込めておく。
オークション会場に持っていこうかと考えたものの、こいつに比べたら金の延べ棒など鐚一文ほどの価値になるから2度と手から離すつもりはない。
さて、宝石を生み出しておくれ。
拾ってきた石礫を目の前に差し出す。万が一宝石化しても大丈夫なように魔力を通さない鉄の繊維でできた防護服で全身を覆う。
カーバンクルが目を揺らめかせて石礫に魔力を込め始めた。
徐々にただの石が柘榴石(ルビー)に変貌を遂げる。
カーバンクルが吹き込む魔力は人を狂わせると聞いたのであまり直視しないように、吸い込まないように細心の注意を払う。
1週間後、仕入れたというより幻獣が創り上げた宝石をコレクターに売り払いに出かける。
いつも高値で取引してくれる乗客だ。周辺国との貿易で一大資産を築き上げた貴族の当主。
純金の指輪で両手はゴテゴテしており、握り拳で殴れば頬骨など一発で砕けてしまいそうな風体をしていた。
仕立てたスーツも高価なもので、おまけに厳つい葉巻を吸っている。
通された高級ソファに腰を下ろし、いつも通り商談に華を咲かせた。
先日カーバンクルが魔力を込めたルビーを真綿に包むように大事に梱包した箱を差し出した。
蓋を開けた貴族は今にも眼窩から目玉が落ちるのではないかと思うほどの見開きぶりでこれは食いついたなと表からわかる程の表情をしている。
「これはどこで手に入れたのかね?」
「企業秘密というものですよ」
「聞くのも野暮というものか」
金箱を手に入れた気分だ。この幻獣が手に入ってから飛ぶように宝石が売れる。
競売買
都市のオークション会場、人身売買にかけられる奴隷、最近発掘された古代のオーパーツ、檻の中に閉じ込められたドラゴンの雛、首輪を繋がれた半獣の猫娘。
出品の名目は多岐に渡り、安いものでブランド物から高いもので幻獣の子供や宝石などが倉庫に所狭しと立ち並ぶ。
そして今日も彼女がやってきた。
「こんばんは、司会さん」
「お〜、お待ちしておりましたよ」
鱈腹に詰め込まれて丸々太った布袋の紐を釣り上げて手渡してくる。
チラッと中身を覗き込むとルビー、サファイア、アメジスト、エメラルド、オブシディアン、ブラッドストーンなどなど数々の宝石。
先日彼女にどこでこんなにも仕入れてこられるのか聞いてみたものの、ケムに巻かれてしまった。
独自のルートをお持ちのようだ。出資が少なくてはち切れんばかりに財布が潤っているようで羨ましい限りだ。
まあいい、他人の商売にケチをつけると後が怖い。
彼女が出品してくれた宝石群は飛ぶように高値で売れまくった。
200、300、500…普通の宝石とは比べ物にならない程、青天井並みの金額の釣り上がり具合に思わず変な笑いが出てくる。
購買先へと買った商品を売り渡す。
手に入れた本人は何か魅入られたかのように宝石を嬉しそうに凝視する様子がどこか不気味に映ったが、無頓着に後ろを振り返った。
貴族
先日のオークションで他の貴族たちに出し抜かれてしまったので今度はいつもの倍以上の札束を財布に入れて今回の競りに参加して正解だった。
前に遠目で目にしただけでわかるあの異質な魔力を放つ宝石群。とある宝石商の名前が出るたびに宝石につけるには勿体無いほどの金額がつけられているので、もしかしたらとんでも無く希少価値のある物なのでは?と勘ぐっていたが、どうやら外れたみたいだ。
今ある宝石とオークションで落札した宝石を比べてみても違いが全くわからない。二つのウリの違いを見つけてくださいと言われているくらい無駄な時間だった。
突如としてやってきた違和感。向かって右側においた宝石から目に見えない影が地面や家具に沿ってゆっくりと蛇行をしてこっちにやってきている感覚。
これは…。
あの日を境に私は宝石を求めるようになっていった。
変わったことといえば家内が病気になったり、使用人が突如として失神したり不審な出来事が相次いだ。
何故なのかは分からない。唯一分かることは、私はあの宝石群に魅入られたと言うことだ。
狩人
黒いカーバンクルが生み出す呪い。
それは持ち主の正気を吸い取り、周りに不幸を振り撒くというもの。集めれば集めるほどにその呪いは強化されていき、最終的に理性が崩壊して暴力や殺人に容易く走るようになる。
狂気に犯された上、宝石商もオークション会場の人間も、ましてや貴族達もあれだけ流通させてしまったのだから、混乱を止める方法は一つしかない。
土壌にばら撒かれた宝石達がもうそろそろ混乱を巻き起こしてくる具合だろう。
一気に芽吹かせた禍々しい花々が花畑を作る瞬間はさぞ悍ましいものとなる。
あれだけ警告したんだ、一度止めようとした俺に感謝してほしいね。
彼女の年貢の納め時はもうそろそろくるだろうという予感を感じていた。
宝石商
あれから幾度なく月日が流れた。オークションへの出品、貴族との取引で売れたカーバンクルの宝石は百をこえた。
毎日贅沢三昧で日々を浪費してもその倍以上の利益が渇いた財布をさらに潤す。
屋敷も新調し家具も職人が1から作り上げたオーダーメイドの品々。普通に働いていては一生貯まらない額を数ヶ月で稼いでしまったのだからこの職は夢がありすぎる。
まあ正夢なのだが夢見ゴチだ。
幻獣を閉じ込めている部屋へと石を宝石へと変換する作業に移るために入っていく。この頃カーバンクルの様子が徐々におかしくなっているような気がする。
なんというか以前よりも凶暴化したような、幽閉され続けているのにもかかわらず依然として元気すぎるのだ。
「え?何?」
檻を突き破り、天井に届くほど巨大化したカーバンクルが咆哮を上げる。
瞬時に床や壁が宝石に侵食されていくのがわかり、私はすぐに部屋から飛び出した。
「何…あれ…」
今まで猫くらいの小動物だったというのに、いきなり人間の身長を追い抜き、天井につくほどの巨大化を経たとなると形勢逆転されたような気分になり、一気に血の気が引いた。
扉越しに怪物の視線を感じる。
「今までよくやってくれたなぁ、次はお前を宝石に変えてやる」と言われている気分になった。
股間を暖かいものが広がっていく。
恐怖に体が支配されて正常な感覚が狂っていく中、あの狩人のことを思い出した。
過呼吸になりつつ、私は震えて満足な字も書けない手で便箋をしたためる。
狩人
以前依頼を受けた黒いカーバンクルを討伐して欲しいとのご依頼だ。 報酬は言い値で構わないとのことなので骨までしゃぶり尽くすくらいまでふんだくるか。
屋敷にやってきた時には女はすっかり怯え切って歯の根をガチガチと震えさせていた。
救世主がやってきたと言わんばかりに足元に縋り付いてくるのでだから言っただろと言いたくなったが、今の精神状態できつい言葉を浴びせる気もならず、ズボンの裾を掴んでくる手を乱暴に振り解く。
宝石商の女が飼育していた黒いカーバンクルはすっかり巨大化しており、とんでもない化け物へと成長を遂げていた。
魔石が人の正気か何かを吸い取って創造主である本人へと還元するのか。なるほど、普通とは全く違うな。全く、幻獣たちの生態系に何が起きてるって言うんだ。
すっかり檻は壊れているようで、部屋の隅々まで宝石に覆われてしまっている様子は禁断の結晶窟に紛れ込んだような陰鬱な気分だ。
正直、早めにケリをつけないと俺自身も依頼主の女も危ない。
全身鉄の繊維で覆った衣服を身に纏っておいて正解だった、魔力を対消滅させる魔力に漬け込んだ鉛玉を使用した対幻獣用の銃を構える。
唸り声をあげて宝石に変えようと魔力を込めているようだが、俺には一才も効かないから安心して眠れ。
銃声が一発、カーバンクルの心臓目掛けて銃弾が飛ぶ。目にも止まらない弾速で飛ぶ鉛の塊を宝石に変えられるのではないかと一瞬ヒヤリと背筋を冷たい空気が這ったがそれも杞憂に終わった。
「終わったぞ」
宝石商の女は安堵したようにその場に座り込んでしまった。
「これでもう懲りただろ?あとどれだけ黒いカーバンクルが密猟されたのかは知らんがな。これから地獄みたいな日々を送るってのは間違いない。あとは弁護士にでも頼れ、事後処理が終わった以上、契約も縁も切らせてもらう。じゃあな」
俺は放心している彼女を背に屋敷をゆったりとした足取りで出ていった。
終
カーバンクルを討伐した後、宝石に変えられた全てのものは元通り。宝石の山が一気に炭鉱によくあるボダ山同然に変貌したのだから一通り購入した奴らは怒髪天で売りつけ先に押し付けるだろうな。
転売先、オークション先、宝石商へと。
まあ俺の身柄については口を割らないと公言して憚らないが、念の為だ。俺は鳥が跡を濁さないように人知れず引っ越す予定。
一応言っておくとカーバンクルは死ぬ時、自分自身の魔力を一つの石に吹き込むんだが、これがとんでもないほどの代物で渦巻く呪いは流通した宝石の比ではない。
そいつをあの宝石商の家に置いてきた。
え?その宝石商は今どうしているのかだって?
今まで好き勝手あの獣を蹂躙してきたんだ。その意趣返しが飛んできたんだろ。
まあ真相を確かめる気はないけどな。
聞いた話だと業績は一気に悪化して借金ばかり抱えた末に取り立て屋に追い立てられた末に自殺したんだと。
自業自得だよな、昔から言うだろ?怪物を好き勝手に扱った恨みは怖いって。
そんなこった。というわけで俺は幻獣狩りを引退する。
全く、どいつもこいつも悪徳商法ばかりやってる悪党で参るぜ。
ん?俺が言えたことじゃないって?それもそうか。次の新天地は北か、南か。
俺は未知なる地への期待感を胸に意気揚々と扉を開いた。
了