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「虎に翼」第19週 「どうして人を殺しちゃいけないのか」

「虎に翼」今週のコトバ

法律の本を読めば、悪いことをすると罰せられる理屈や 量刑の決め方はわかります。 

でもそれがなぜ悪いことに定義されるのか、よくわからない

佐田先生は心から納得した答えが出せます?



どうして悪い人からものを盗んじゃいけないのか。

どうして自分の体を好きに使ってはいけないのか。

どうして、人を殺しちゃいけないのか。

心から納得できればきっとスッキリするんでしょうね。

「虎に翼」第92回 森口美佐江

美佐江ちゃんのこの言葉と、それを言う時の助けを求めるような表情がずっと気にかかっていた。


そして、思い出すのが、大学1年の時のS教授の「哲学」の授業。

哲学といっても、ソクラテスやプラトンを学ぶのではなく、私たちが今、生きていることそのものを考えるような授業だった。特に性についての話も多く、学生達は度肝を抜かれた。

月に一回くらい学生が司会を務める討論会があって、その日のテーマは「国立ソープランドを作ることの是非」だった。

なんだそれ、と思うだろうが、時は1987年、エイズが世の中を騒がせていた。そこで教授は安全な性の娯楽施設を作ったらどうか、ということをテーマに学生に自由な討論をさせたのだった。

ある一人の男子学生が言った。

「自分はこれまでモテたことはないし、これからもそんな気がする。そういう人間にとって三つ指ついて自分を迎えてくれてそんなことさせてくれるところがあったらそりゃもちろん嬉しい」

何せ37年も前のことだから記憶はかなり曖昧だが、こんなことを言っていたと思う。いやいやびっくりした。地方から出てきた純朴な女子学生の私は、みんなの前で堂々とこんな意見を言う男子がいるということにかなりの衝撃を受けていた。

その後、議論は盛り上がり、賛成だという女子もいたし(さらに衝撃を受ける)、さまざまな方向に話は進んだが、結局のところ、やはり買春行為はダメなんじゃないかというところに議論は落ち着いて終わるかに見えた。

私の真後ろの男子学生が手を挙げて発言した。

「もし僕の幼馴染が、貧しくて生活していくのにも困ってしまって、家族を養うためにやむをえず売春をしたと言ったら、僕は彼女を責めることはできないと思う」

場が一瞬静まりかえった。

すぐさまS教授が言った。

「君はその幼馴染が家族を養うためにやむをえず人を殺したと言ったら、それも仕方がないことだと言えるのか」

S教授はいつも笑みを浮かべて穏やかなのに、この時はとても厳しい口調で、その場が凍りついたような空気になったことを覚えている。

後ろの彼がなんと答えたのかは覚えていない。

売春と殺人は違うというようなことを話したのだったか。少し教授とやり合っていたような気もする。

また別の学生が言った。

「人を殺してはいけないと法で決められているから悪いことだというのはもちろん理解している。でもそもそもなぜ人は人を殺してはいけないのか、その答えを自分は持っていない」

なぜ人を殺してはいけないのか。

当たり前のことだと言って思考停止に陥るのではなく、そこに真剣に向き合うことが哲学なのだと、S教授は授業の終わりに話されたのではなかったか。

そして最後に、今日の討論で女子学生の発言が少なかったことをお叱りになった。君たち自身の問題でもあるのだと。


生命を生み出す尊い行為としての性。

生命を奪う行為である殺人。


どうして自分の体を好きに使ってはいけないのか。

どうして、人を殺しちゃいけないのか。

真剣に考える美佐江ちゃんに必要なのは、それをともに考えてくれる仲間なのだろう。

東京大学に進学した美佐江ちゃんが、学問の深い海の中に潜って、自分なりの答えを見つけられるといいな、そんなことを考えた。


そしてもうひとつの問い。

どうして悪い人からものを盗んじゃいけないのか。

これは芥川龍之介の「羅生門」の中にも出てくる。

羅生門の楼の上で下人が出会った老婆が次のようなことを言って自分の悪事を正当化する。

・生きるために働く悪事は許される。

・悪に対する悪は許される。

そして、この言葉をそのまま返される形で、下人から着ているものを剥ぎ取られる。

「羅生門」は大正4年の発表だから、東京大学に進学する美佐江ちゃんなら読んでいたはずだ。


悪に対して悪を働く者は、最後に悪によって痛めつけられる。

たぶんそんなことはわかった上での行為なのだろうな、とも思う。


寅子は美佐江ちゃんを救いたいと思いつつ、本能的に優未を抱きしめてしまった。
美佐江ちゃんの寂しそうな顔。

あんなふうに抱きしめてくれる人は美佐江ちゃんのこれまでの人生にいたのだろうか。


美佐江ちゃんの将来を心配しつつ、優三さんの手紙に涙し、航一さんの「永遠を誓わない、だらしがない愛」にクラクラした今週でした。

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