強くない私のメンタル💛
腎臓病の夫との、静かなバトルの日々26
「大丈夫?調子悪いの?( ´∀` )💦」
私が仕事に行く前なのに、部屋で伸びて寝ているので、夫が確かめました。
「ううん、大丈夫。」
腰を傷めたり、気候の変動で慢性的な頭痛があったりするので、心配に思ったのでしょう。
でも、体がしんどいのではないのです。
前の日に、夫の診察と検査の結果を見たことで、少なからずのショックを受けていて、私はへこんだ自分の気持ちを噛みしめていたのです。
夫は粗削りな野生児で、子だくさんの家庭に生まれ育ち、飼っている犬猫と一緒に眠り、貧しいけど助け合って大人になって来た人なので、粗雑ですが優しく人が病んでいる時には敏感です。
反対に、私は末っ子で甘やかされて育ったので鈍で気がきかないのです。
私は平気です。なので、起き上がって仕事に行く準備をして出かけます。
子供の頃、マンガが大好きで、月に1回自分のお小遣いで買うマンガと、兄が月に2回買うマンガ、友達と交換で借りてくるマンガを読んでいました。朝学校に行く前にマンガを読みたくても、
「朝マンガを読むと、忘れ物をするよ!」
と母に脅されていて、信じていました。どうしても読みたくなり、月刊マンガのカラーのきれいな表紙を一枚めくり、美しく彩色されているページをうっとり眺めて、我慢して学校に行くのですが、それでも忘れ物をしてしまっていたので、母の言う事は本当だと信じました。
そんな私ですから、仕事に行く前にへこんで伸びていても、あと何分こうして居て、家を出よう、みたいに予定済みで、問題ありません。
その日は朝から雨で、自転車で通勤するのは諦めて、電車に乗りました。雨で周りの景色は全てが重く暗い色合いで、しんと、しています。朝早い時間の電車なので、座ることも出来て、ぼんやりと考え事をしていました。電車は職場まで遠回りして向かうので、自転車の倍の時間がかかるのです。
ありとあらゆる事を、出来る事は全てやってみてから、ダメになってから考えよう、と決めていたけど、本当にダメになっていくのをまざまざ見過ごしていくのは辛いです。自分の無力さを見せつけられ、自然の成り行きに、抗うすべなく、状況を見ているのです。自分が病気になった方が良いくらいに思えてきます。失われていく何か、生命の灯が細くなっていくのを、ただ見ているだけです。
その時、パッと視界が明るくなりました。
電車の沿線に、小さな畑があって、その周り一帯に植えてあるピンクの紫陽花が満開に咲いていたのです。
住宅街の中を走る電車は、畑をゆっくりと回るように進み、畑の際に一列に植わっている見事なピンクの紫陽花の、全容を舐めて見せてくれました。
少し縁の青みがかった、濃いピンク色の紫陽花の花。まるで電車から人が眺めることをわかって植えているように、それにしても、見事なタイミングで満開です。
自分の心がもう一段、暗い底に落ちるのを、ふと救われた思いでした。紫陽花の、厚めの質感の、濃い生命力が匂い立つように私の心に満ちました。
母の病気が重くなり、いよいよどうしようもなくなったのも、花のきれいな季節でした。公園や道路沿いのソメイヨシノが次々と満開になり、そして続いて通りの八重桜も満開になり美しい花を輝かせました。
いつもの年の、花を見る心とは全く違って、ちっともありがたく感じないんだなあ、と思いました。けれど、私の心など全くお構いなしに、八重桜の花は日光を受けてキラキラと輝いて見えます。
花はみるみる咲き終わり、母の生命も燃え尽きました。
今にして思えば、あの時の花も、私の心が一番どうしようも無い底まで、落ち切るのを止めてくれていたかもしれません。
電車が、畑を過ぎて、周囲の風景が、また雨のそぼ降る暗い色合いの街に戻ってから、私はすぐに、花を愛でない人は、救われない人もあるかも、と心配になりました。
私は自分が自然のものを愛していて、自然とともにありたいといつも願っていて植物や花に興味を持つから、暗い底に心が沈んでいこうとするのをたまたま止められたけれど、そうじゃない人は、あのままよりつらくて苦しい世界に自分を落とし込めてしまうのかな、と考えました。自分の事を強いと思い込んでいて、実は傷つきやすい、まあまあお年を召した痩せた神経質そうな男性を、なんとなく勝手に思い浮かべましたが。
最近はいつでもどこにも、よくきれいな花が咲いているし、そういったものを見て心を変えて、花を好きになったり、植えて世話をしてくださる人に感謝の気持ちを持ったり、そこから始まる人も多いにちがいありません。
私のつまらない妄想が、文字通りの老婆心であることを祈ります。( ´∀` )