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卵かけご飯から考える幸せ

僕が住んでいる国では
卵を生で食べれない。

どうも殻に細菌が潜んでいるようで
加熱をしないと食べさせて貰えない。

日本に帰るたびに
一膳差し出されるたびに
生卵を乗せてしまう。

次に会えるのかは
いつなのか分からない。

帰国して何杯食べたか数え切れないが
それでも最後に一目見ようと
赤黄色のお顔を見つめ続ける。

当たり前のように
お顔をかき混ぜていた。

そして喰らっていた。

そんな当たり前の幸せは
手放さないと気づけなかった。

どうしてこうしてこうなのか。

どうしてこうして手放さなければ
足るを知るを知れないか。

どうしてこうして生卵に
焦がれ続けているのか。

自分が思っている以上に
自分を分かっていないのが
人間なんだなと思った。

ただ
他に汚されていない正直と
正直を肯定し続ける覚悟があれば
舌を掠めた幸せも
掴んで手放さないのであろう。


自分だけの正直。
それを肯定し続ける覚悟。

普通にこんな人少ないよね。
だから難しいのだろうね。

ああ、卵かけご飯食べたい!

ジャコをかけて、もう一杯!

何かこの数年で随分と
自分が焦がれる幸せレベルが下がってきたようだ。

みんなに合わせるのがどんどんしんどくなってきたけど
そのぶんどんどん僕の中も変わってくるんだよね。

成長なのか退化は知らないが
卵かけご飯をとりあえず食べたいのだ。

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