いじめのような、なにか
大河の担任の先生が、今日の夕方4時、急遽家庭訪問に来るという。
なんだなんだと、雪太と静江、二人でお菓子を用意して待っている。
ピンポーン♪
静江が出迎えると玄関には、少しくたびれたジャケットを着た、30代なかばの担任の西野先生が立っていた。
「画家の先生だそうで」
「いや~もう趣味が高じてと、主に肖像画を請け負い描いてるんです。そんな大層なもんじゃありません」
雪太は顔の前で手をひらひらする。
「注文は頻繁に来るもんなんですか」
「今は高齢化の時代ですからね。裕福な老人が多くなったんですよ、おかげさまで。ところで、大河がなにか問題でも?、あ、どうぞどうぞ」
西野先生は後ろ頭をぼりぼりかき、座布団に座る。
「いや~問題というほどでもないんですけど。クラスメイトとあまりうまくいってないというか」
「それは、いじめを受けているということでしょうか?」
「いや、それも違うといいますか……大河くんの方がみんなを相手にしてないと、これが真相に一番近い言い方かと」
「相手にしてない?」
「最初はいじめがあったようなんです。大河くんではなく寺川くんという子がみんなから突然無視されるっていうんですか?するとだいたい自分もやられないように無視する側につくじゃないですか。しかし正義感の強い大河くんは、寺川くんの方についたんです。で、今は二人でクラスから孤立してるんです」
「はは、大河らしい」
「どうかお父さんのほうからもクラスメイトと仲良くするように言ってはもらえないでしょうか」
「分かりました。そういう時の身の振り方でも説いときますよ。先生もあまりご心配なさらずに」
「では、お願いしときますね」
雪太はにこりと笑う。
先生はよもやま話をしながら、饅頭を一個だけ食べて帰って行った。
「ふむ、どうしたもんか」
雪太は目をつぶり、知恵をめぐらせる。そこへ大河ご本人が帰ってきた。
「大河、ここに座りなさい」
紅茶をテーブル上に差し出すと、大河はソファーに座り紅茶を飲みだす。
「なに?何にも悪いことしてないよ、おれ」
「いや、ほめてやろうと思ってな。さっき西野先生がいらして最近のクラスの情勢を語っていかれた。お前、いじめられた子のほうについたそうじゃないか。父さん好きだぞそういうの。お前は男だ」
「だって寺さんとは、仲いいもん。逆に権力者の平井くんはきらい。あとね、枝本くんに、葛西くん。この3人がいつも悪いことするんだよ」
「その3人がいじめっ子か。なにか対策を考えなくっちゃな」
そこへさっきの饅頭を持って静江の登場だ。
カップにヤカンに入れた紅茶を注ぎ、饅頭と一緒に飲み始めた。
「クラスに男子は何人いるんだ?」
雪太が大河に聞く。
「14人」
「14人か、じゃあ半分は7人だな。いいか大河大事な秘策を授けてやろう」
「なになに?なにかいい方法でもあるの」
「ああそうだ。よく聞くんだ。これから平井くんたち以外の子、一人づつ一人づつ仲間に引き込んでいくんだ。見渡すとたぶんまだいじめられそうな子がいるだろう。そういう子を仲間に誘っていくんだよ」
大河が食い付く。
「どうやって?」
「その平井くんのグループ。そっちのグループに入っていると、次は君がいじめられるって警告するんだよ。クラスの中じゃなく、人目のつかないところで。そうやって仲間に引き込んでいくんだ。7人突破したら、こっちのグループのほうが大勢になる。その平井くんたち3人グループの方を逆に孤立させていくんだよ。頭と、ねばりがいる方法だ。できそうか」
「うーん、なんかできそうな気がしてきた!」
「ようし、それでこそ大河だ。頑張るんだぞ」
「うん!」
ケージに入っているすんを取り出すと、ひざ上におき、なで始める。すんは大河の口を舐めようと上に向かってペロペロしている。
大河は雪太の方策を、自分なりに組み立てているようだ。そして、何よりも明るい。クラスメイトから孤立している男の子の顔じゃない。「やってやろうじゃないの」という気概に満ちている。
雪太は、大河がたくましい胆力の持ち主でよかったとほっとする。並みの子だったら、臆しておそらくそんなことはできないにちがいない。
多少のケンカもあってもいい。ケツ持ちはしてやろうと雪太も覚悟を決める。
「そう考えると5人はこっちのグループに入ってくれそうだよ」
「7人いれば上等じゃないか。とにかく父さん応援してるからな」
「母さんもね」
「うん!」
大河は満面の笑みを浮かべ、すんを床におき、前足だけで前に進むリハビリを始める。
しかし、こんないじめのようななにかも低年齢化してるんだなあと雪太は思う。いじめっていうのは中学生の頃に一番多い気がしていたので、小学4年生からこれじゃあ先が思いやられる雪太なのであった。