【原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち】と【後世への最大遺物】 ⑫
「原発に向かって祈っている」
これを読んだとき、そうだ、と思った。身の回りのものたちには、どうも、それぞれが思いを持っているような気がしてならないから、ありがとうとかごめんねとか口をついて出る。原発の思いには無頓着だったと今更ながら思って、悪かったと思った。最近も偏光さんのnoteで、考えることがあった。書く原動力のこととか、考えた。
『後世への最大遺物』
映画の最後の方だったと思う、近藤恵さんがインタビューに答えているとき、手元に薄い本があって、それが『後世への最大遺物 デンマルク国の話』だった。内村鑑三、岩波文庫の青、帰りに探さなきゃと思った。近藤さんにとって大切なことはわかるけど、なぜなのか説明はないから、自分でわかるしかない。
日清戦争開戦の直前の1894年、明治27年の7月、基督教青年会第六回夏期学校での講演の記録。
「何を置いてわれわれがこの愛する地球を去ろうかというのです」──
お金、事業、思想、文学、教育などのことがおもしろく語られていき、これらには利益があるけれども、用いかたで害にもなってしまうし、誰にでも遺すことができるものではないから、「最大遺物ということはできないのでは」と。
誰もが遺すことができて、利益はあるが害はない「遺物」がある、それは「勇ましい高尚なる生涯であると思います」と明かされる。
トーマス・カーライル(1795―1881 イギリスの評論家、歴史家)という人の『革命史』にまつわるエピソードがつづく。わたしが知らないだけで有名な方だろう。
「実にカーライルが生涯の血を絞って書いた本であります。(略)何十年かかかってようやく自分の望みのとおりの本が書けた」
その原稿をカーライルは失う。
読みたいから原稿を貸してほしいと言った友人に「カーライルは自分の書いたものはつまらないものだと思って人の批評を仰ぎたいと思ったから」貸したのだという。
持ち帰った友人──注によると、親友ジョン・スチュアート・ミル──は借りた原稿を人に頼まれて又貸ししてしまった。その人とはミルと噂があったテーラーという人で、この女性の手に原稿が渡ったことで事件は起こった。翌朝この人が寝ている間に手伝いの人が原稿を焚きつけにして燃やしてしまったのだった。
「カーライルは十日ばかりボンヤリとして何もしなかったということであります」
やがてわれに返ったカーライルは自分に告げた。
講演はもう少しつづきますが、63ページから一言を引用して終わります。
今日第一の欠乏はLife生命の欠乏であります。
真の文明ハ山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さゞるべし。
人が常に管理し続けなければならないということは
人が管理できないのと同義である
「私が原発を止めた理由」第1章 ハイデッガーのことば
これだけ危険な原発を止めないという
蛮勇ともいうべきものを
私はおよそ持ち合わせていません。
樋口英明「私が原発を止めた理由」より
完
長いこと読んでくださり本当にありがとうございます✨
『デンマルク国の話』をあらためてnoteにと思っています(^^)
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