池袋のイルカ
1997年5月14日(水)
池袋の円柱形の高層ビルの上のほうの劇場には水槽があって、それは大きなシロイルカが泳いでいた。
イルカは芝居の出演者だ。出番じゃないときは客席から見えないように上へ姿を隠している。
よくイルカが人間の言うことをきくものだなと思う。
人間はどのようにイルカを調教しているのだろう。
泳ぎたいように泳ぐ欲求をイルカはどのように抑えているのだろう。
真上から水槽が見える位置にきた。わたしはからだが無い。編集された映像を見ているようだった。
調教師は、おや、と思うほどよく日焼けしていた。イルカは閉じ込められてお日さまを見ることなどなさそうなのに。
正面から見た。こんな狭いところでイルカはかわいそうだ。よくこんな大きなイルカの水槽をつくれたものだ。膨大な量の水がどんなふうに注がれたのか? よく水圧で壊れないものだ。
調教師がイルカに笑いかけていた。
やり甲斐がある仕事だ。この楽しくてためになる芝居にイルカが出ることには意味がある、という彼の心の声が聞こえた。
イルカには自由がなくても?
わたしが見たからだろうか、イルカがファスナー付きの灰色の袋に入れられ、更に、鈍い銀色の箱に入れられて、どこかへ連れていかれようとしていた。
イルカ、見えなくて恐いだろうに! 閉じ込められて恐いだろうに!
箱のふたが閉じられる間際、イルカが尾びれを出した。
わたしはここにいる。大丈夫、と知らせたかったのか。
ガサガサしたビニール袋に押し込められて、動くと血が出てしまうよ。
イルカをなぜ閉じ込める? 見えなくする? みんなでよってたかって。
切り裂く泣き声。
夫が死んだ女とその姑が、死んだ男の15年来の愛人をなぶりにきた。
わざわざいじめに来たふたり、開いて置かれていた占いの本の中の「ハブ酒」の広告写真を見てぎょっとなった。くわっと牙を剥き見るものを睨みつけるハブたち。2匹のハブは、喉の辺りの鱗をそれぞれ1枚失っていた。
ふたりは恐怖で痺れていたが、姑がほっとしたように口を開いた。
「あっ、でも、あれは生まれた時すぐ殺されたんだよ」
これを受けて愛人だった女が晴れやかに言った。
「あら、だってこのハブたち、31年(歳)って書いてありますよ。
死んでるものに誰がごはんをやって育てます?」
あなたが「生まれた時すぐ殺された」という「あれ」は、31年間生きて、いまも生きていますよ。
姑と嫁は何やらごしゃごしゃ言いながら後退り、だんだん小さくなって消えた。
切り裂く泣き声。
いけない音がした。こんな音は聞いたことがない。頭の中で鳴った。
分厚いガラスに水圧でひびが入って、ぎり、ぎり、びり、びり、絶叫‼‼‼‼‼
悲しみ
目が覚めた。泣いた。
恐かった。頭が壊れるのかと思った。
キレそうなのを抑えながら泣いた。
高密度の光を見た。3㎜の円に詰まるだけの光の粒が詰まっていた。
そこへ行きたい!と思ったら消えた。いつもそうだ。