黒い海
1997年9月4日(木)
闇。海。桟橋には泥のように眠り込む男たち。
麻袋でつくったような沈んだ緑色の重たそうなコートを着た男が歩いていた。灯りを持っていたかもしれない。
桟橋の突端左に大瓶が据えてあり、肉が入っていた。
コートの男が大瓶に顔を突っ込むようにして肉を確かめた。固く絞ったぼろ布の塊のような肉。水で煮ただけらしい。塩も入れなければ、あくも掬っていない。それでも貴重な食糧だという証拠に眠っていたひとりが目を覚まして飛び起きた。肉を盗まれるのではないかと思ったのだろう。
トラック。むかしの重い車。運転している親方は眠っている男たちを踏み撥ね飛ばす。あわてて逃げるドロたち。
コートの男は浚渫船の上。コートの男はわたしだった。何もない海を角シャベルで掬った。暗闇の中で濃いサングラスをかけていても見えている小太りの親方に働いているように見せるためだ。
親方も船に移って2、3度掬ったがシャベルには何もかからなかった。船縁で数えられるくらいのどじょうがぴちぴち跳ねているだけ。
「おまえは先に来たくせに何やってんだ!」
親方が怒鳴った。親方の目論見では今頃どじょうが船を沈めそうになっていて大儲けだったらしい。
黒い海に生きものの影はなく、ただただゆれて光っていた。