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三十年戦争
1997年11月22日(土)
灰色。
戦争が終わった。三十年近くもつづいた戦争だった。
正気を失いかけてごみのようになっている男がいた。
彼は三十年ほど前、殺されかけた大勢の赤ちゃんを助けたのだった。
彼にできたことは、命を奪わせないことだけだった。彼にはそれ以上の力はなかった。
おむつの赤ちゃんたちが皆一方向を向いて立っている。赤ちゃんたちの顔は見えない。赤ちゃんたちは、彼らを脅かす者から目を離せず、硬直している。
子どもたちは、自由の国では成長できなかったが、生き延びた。皆、かつて自分たちを殺そうとした国を親と思って、親を守るために狂信的に戦ってきた。しあわせだった者はいない。でも、生き延びた。
戦争が終わり、男とかつての子どもたちは偶然出会った。
男の妻が男を殺しに来た。消息不明の夫を忘れていなかった。
男と子どもたちのいきさつを知る老人がいた。
皆殺しされるはずだった赤ちゃんたちを殺させないことに、男はなんとか成功した。しかし、赤ちゃんたちを自由の国へ逃がすことまでは望めなかった。
だから、子どもたちがいつか自分を取り戻せるように、一人一人に手紙を書くことにした。長い手紙──十五刻みを一人分にして切り分けていった。
手紙を書くことが、子どもたちのそばにいてやれない彼の仕事になった。狂おしい歳月。その、苦しいさなかの男の夢は不思議にうつくしかった。世界は灰色だったが、夢は色があった。
男はこんな夢を見た。
コンポーゼブルーの空に白い綿雲が浮いていた。
乾いた大陸の地面は好ましい色──明るい茶。
まあるい耳のビーグルがかわいい目で彼を心配していた。
男は、茶色の二頭のそっくりな子牛が、自分の首に白い紐をかけて、一端をくわえた一頭はこの大陸にぼくといて、一端をくわえた一頭は大風に吹かれてスペインへ飛ばされて、ぼくの首を絞めてくれたらなあ······そして、ぼくが死んだら、子どもたち、ぼくを粉に挽くんだ。ぼくは白い粉になって粗い麻袋の中。ぼくはきみたちのごはんになるよ。
静かに聴いていたかつての子どもたちの中で、「思い出した!!」「あれはおじさんだったのか!!」と声が上がった。驚き嘆息するかつての子どもたち。
灰色の画面。左上に少し重なった三つの地球マークがあって、ふわーんと動いていった。
目が覚めた。胸が痛かった。