モンブラン
1997年7月29日(火) 夕日眠くなり、2時間ほど眠った。
列車。進行方向に背を向けて座り、ガラス無しの車窓から晴れた空を眺めた。
本(白に藍色)を読んでいた。あるノイローゼの女のことを医者が記録した本。女はよくあるように自分を責め苛む自虐行動をしていた。治療はうまく進まなかった。医者自身迷いのただ中にあったし、経験を積んでいなかった。
わたしは先がわかった風にこんなことを考えた──ふん、わたしならもっとうまく彼女を導ける。この人は未熟で、あまりにも近づいて見えなくなってしまったのだろう。
女はモンブランに登る。それが治癒にとって重要なのだ。
わたしもモンブランに登る。仲間がいた。金髪で、片目が緑、片目が青の目を持つ娘と、その父親。わたしはたぶん、彼らの客分。
はじめて登る山がモンブランなんて!
列車が山の下へと潜ってゆく。石積ではないけれど、ギザのピラミッドのような形の山。登山口は山の真下にあるのか。めずらしい。
ピラミッド形の山の底辺と地面が接しているところの隙間に列車が吸い込まれると真っ暗だった。
車内にも照明がなかった。それでも輪郭は見えた。
外を走っていたときの速度はのどかなものだったのに、下り坂の加速だろうか、凄いスピードになった。胃が圧迫された。あたたかいタオルケットをすっぽりかぶって、耐えた。ちら、と他の人たちをのぞいたら、平然としていた。
わたしには直接この風を受けられるとは思えなかった。とはいえ、車内には風など吹いてはいなかった。しかし、わたしにとってはダメージになるすさ風が飛びすさんでいた。
3段の、ほとんど垂直に落下しているとしか思えない坂が最後の我慢のしどころだった。似たような体験が何度かあったので、楽しくはないが大丈夫だった。
列車は山の真下に来た。そこは広大な駐車場だった。やはり真っ暗なのに見ることには困らなくて、色も見えた。車止めの石があった。前の夢で、転んで、こんな車止めで頭を割るところだった。
わたしたちの列車は既に停車している列車の左側へ並んで停車しようとしていたが、よろよろしていて停車できるのかおぼつかないから、ためらわれたがわたしはブレーキを踏んだ。
ブレーキを踏んだとき乗り物の先頭にわたしはいて、座席が屋根の上に設えられていた。その足元に銀色の板・ブレーキがあったので、踏んでやったのだった。
1度の踏み込みでは止まらなかった。もう1度ブレーキを踏んだが、そのときもためらいがあった。そしてまだ止まらなかった。
3度目、そのときはさっきより大人びた様子になった緑と青の目をもつ娘が一緒に踏んだ。
静かに停止した。
なぜいつもためらいがあったのだろう。
「『3度もブレーキを踏まれてしまった』なんて言われたくないわよね。
わたしたちが止めてあげたんだから」
わたしと娘は皮肉っぽく笑った。ふたりはほとんどひとつだった気がする。
視点が斑に混ざりあって目が回ってくる。
「白山」は世界中にある。
2023年10月17日
金髪の娘はあの人形だ。記憶はないけど並んで座ってたり、紐で背中にくくりつけておぶってる写真があった。
人形もわたしと一緒に年取ってるんだな。
いまいづこ?