数十年後の地域コミュニティをつくる〜還暦の雪上花火におもったこと〜
家族で近くの小さなスキー場で行われる雪上カーニバルの花火を見てきました。
「はなび、なにいろかなぁ~」
と楽しみな3歳。
瞬く間に打ち上げられる花火に見入っていました。
ここで上がる花火の提供は、地域の中学校の卒業生の有志のよう。
還暦になる卒業生有志、平成10年度卒業生(現在42歳?)有志の提供。
「私たちと恩師の健康を祈念し…」
的なアナウンスがされていました。
花火が終わり、会場を後にしようとすると、
「うちらの花火見たか~~」
「けっこうよかったね。」
「いやぁ~よかったわぁ~」
と恐らく、平成10年度卒業生有志の会話が聞こえてきます。
想像でしかありませんが、卒業生の有志の誰かが発起人となり、声をかけ始め、連絡をとり、カンパをお願いしたのでしょう。
カンパを出す人も「中学校の仲間が言うなら金出すかぁ」とカンパを渡すのでしょう。
仮にもカンパを要求されて、「あんな奴らに金なんか出すか!」なんて人が大勢いたら花火なんて上げられないです。
42歳の卒業生の会話を聞きながら、自分らが目指している教育の未来の姿の瞬間を見たような気がしました。
公立中学校は、その地域で生まれた子どもたちが集う最後の集団だと思います。
たかだか数年の学校生活の成果が数十年先までつながっているのだと考えると、自分の仕事はとてつもなく大きな責任のあるものなのだと感じます。
あの42歳の卒業生の会話の輪に、全員がいてほしい。
少なくても、「あの仲間に金出すなら仕方ないかぁ」と思えるくらいの集団であってほしいです。
そう思えるか否かは、たった数年の学校生活に掛かっています。
これまでの教員人生を振りかえって、恥ずかしくなります。
自分のやってきたことは、本当にこの卒業生の会話に繋がっていたのかどうかを再考せざるを得ません。
自分の大切にしたいと思ったことをブレずに語り伝えることができていたのか。
目先の小さなことに囚われて目指すべきものを忘れていた時もありました。
今の学校の在り方に思うことは多々あっても、この数十年、何十年も先の子どもたちの姿と、目の前の姿を太いワイヤーで結び付けて、日々の日常を大切にしていかなくてはいけません。
今やっていることの成否がわかるのはあと数十年、何十年も先なのでしょう。
その頃には、生徒の顔など忘れているのかもしれません。
けど、そんな未来が来たら、自分の生きた成果があるのでしょう。
42歳のおじさんたちの会話を聞きながら、そんなことを思いました。
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