【365日のわたしたち。】 2022年5月24日(火)
彼女の誕生日は、今でも覚えている。
俺が面白半分で、彼女のケーキだけ買っていかなかったから。
あの日、俺たちは仲良しグループ7人で、誕生日パーティーをすることになった。
なぜかうちのグループには、5月生まれが3人もいて、どうせなら全員一斉に祝おうとなったはずだ。
そこで俺は、ケーキ担当になった。
大学生のノリだ。
一人一つずつ、ホールケーキを買おうということになった。
男が一人。女が二人。
女友達のうちの一人が、彼女だった。
いつも言い合って、お互いにツッコミ合って、笑い合う仲間。
一番気兼ねなく話せる子だった。
だから、という接続詞が正しいのかわからない。
なのに、も正しい気がしない。
俺はあの時、なぜか彼女の分だけケーキを買っていかないことに決めたのだ。
「なんでよ!ひど!!」
そう俺にツッコむ彼女の姿が目に浮かんで、なんだかその方が面白おかしい気がしてしまったのだ。
誕生日当日。
ゲームやら何やら一通り騒ぎ通した後、お待ちかねのケーキタイム。
冷蔵庫から二つのケーキ箱を取り出し、机に並べる。
「あれ?3つじゃなかったっけ?」
「え?そうだっけ??」
俺は知らないふりをしてとぼける。
不思議に思われつつも、他のメンバーがケーキを箱から取り出す。
一方のケーキの上には、男友達の名前が書かれたチョコプレートが。
もう一方には、一人の女友達の名前が書かれたチョコプレートが載っている。
「ありゃ、ありゃりゃ!すまんすまん!お前の分のケーキ、忘れてたわw」
おとぼけた調子でそう言い放った俺は、彼女と目が合った。
彼女は笑いも、怒りも、泣きもしていなかった。
ただその1秒、無表情で俺を見つめていた。
あ、やばい。
やばいことした。
そう気づいた時には、遅かった。
周りの友人たちが、「お前にケーキを頼むんじゃなかった!ごめんな」と彼女をフォローし始める。
俺は、おとぼけた格好を崩せないまま、その場で固まっていた。
彼女はすでに、ケーキの方に目を向けていた。
そして「綺麗なケーキだねぇ」と残りの主役二人に話しかけていた。
俺以外の全員が、彼女に気を遣っている。
「わりぃ…やりすぎた」
俺はそう呟いた。
全員が「まぁ、お前はアホだもんな」となんとか空気を和ませようと、次々と俺にツッコむ。
その一方で、全員が彼女の方を横目で伺っていた。
「私、ケーキ嫌いなの。ケーキ買ってこなくて良いよって頼んでたんだ。
約束守ってくれてありがとう。」
そう彼女は俺に向かって微笑んだ。
なんだよぉ
ドッキリかよ!
びっくりさせないでよぉ!
次々と友人たちが安堵した表情で、笑い始める。
俺は何も言えず、近くの空いたスペースに座り込んだ。
その後、ケーキはみんなで分けたはずだけど、どんな味だった全く覚えていない。
帰り道、彼女を追いかけようとしたんだけど、他の友人たちと帰ってしまい、ついに謝ることもできずに終わってしまった。
その後も、あの誕生日会のことはなかったことのように、俺たち7人はよく遊んだ。
彼女も全く気にしていない様子だったから、きっとそんなに大したことじゃなかったのかもしれない。
でも、俺と彼女の関係は、以前と同じではなくなってしまった。
側から見たら、変わっていないかもしれないけれど、なんとなく、彼女との間に薄い膜が張られたように感じたのだ。
今でも思い出す。
あの時。
一瞬、目があった彼女の唇が、かすかに震えていたような気がするんだ。
その映像がずっと頭の中に残っていて、俺を責め続ける。
あれから15年近く経つけど、今でもだ。
今年も、5月24日が来た。
数年前に結婚したという彼女は、きっと彼女のために買われたケーキを目の前にして、旦那さんに向けて目をキラキラさせているに違いない。
きっと。
そうであってほしい。
そういう、俺の勝手な懺悔。