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言葉は時に、人を殺すナイフとなる

「一度口に出しちまった言葉はもう元には戻せねーんだぞ。
言葉は刃物なんだ。
使い方を間違えると厄介な凶器になる。
言葉のすれ違いで、一生の友達を失うこともあるんだ。
一度すれ違ったら、2度と会えなくなっちまうかもしれねーぜ。」

こんにちは。

突然ですが、みなさん「名探偵コナン」を知っていますか?

「俺は高校生探偵、工藤新一。幼なじみの毛利蘭と遊園地に遊びにった時、黒ずくめの男たちの怪しい取引現場を目撃した。
取引に夢中になった俺は、背後から近づいてくるもう1人の男に気がつかなかった。
俺は毒薬を飲まされ、、目が覚めたら、、(ここまで山口勝平ボイス)体が縮んでしまっていた(ここだけ高山みなみボイス)

の、名探偵コナンです。

ちなみに上のセリフはコピべではなく、自分で記憶して書いてます。

ほぼ毎年、映画を観に行っているんで覚えちゃうんですよね。

個人的にですが、名探偵コナンファンを名乗る登竜門は、まずこのセリフを覚えてからだと思っています。

すいません、話がそれました。

そんな国民的漫画・アニメの名探偵コナンですが、数々の名シーン・名言があります。

ちなみに冒頭のセリフは劇場版名探偵コナン「沈黙の15分」からのセリフです。

もう一度おさらいしてみましょう。

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「一度口に出しちまった言葉はもう元には戻せねーんだぞ。
言葉は刃物なんだ。
使い方を間違えると厄介な凶器になる。
言葉のすれ違いで、一生の友達を失うこともあるんだ。
一度すれ違ったら、2度と会えなくなっちまうかもしれねーぜ。」

劇場版名探偵コナン「沈黙の15分」から

このセリフは名探偵コナンのメインキャラクターである光彦と元太が、ささいなケンカをして、それを止めに入った時のコナンのセリフです。

言葉は凶器、、ちょっと想像ができない人もいると思うので、今回は僕の体験談を踏まえて、話を進めていきたいと思います。


言葉は刃物なんだ。使い方を間違えると厄介な凶器になる

僕は基本的に言葉を使う時、心がけていることがあります。

それがこちら。

・相手を傷つけないか
・相手とその周りに迷惑をかけないか
・自分の考えを相手に押し付けてないか

この3つはすごく大切にしています。

お前、面倒くせえな!と思われがちですが、考えちゃうんですよね笑

それでも「やってしまった・・今の言わなければ良かった」と落ち込むこともしばしば。

注意しても、言葉って人によっては刃物になってしまうんです。

なぜ、僕がそれほどまでに、言葉に対して気をつけようと思ったのは小学生時に起こった「ある事件」がキッカケでした。

文字通り、僕は大切な友達を言葉という刃物で傷つけてしまったんです。


言葉は時として、人に一生消えないキズを残してしまう

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僕は小学生のころ、ヤンチャでした。

友達としょっちゅう取っ組み合いのケンカをしたり、女子とはあまりしゃべらない。

今考えれば、「女子と話すと恥ずかしい」気持ちがあったんだと思います。

そのころは男子が女子と2人きりで話すとバカにする連中もいました。

まあいわゆる、小学生あるあるな感じですね。

そんな中、僕にとって唯一、親しい女子がいました。

クラスは違いましたが、その子とは妙に仲が良く、そしてお互いの誕生日会にも呼ぶなどしてすごく仲がよかったのを今でも覚えています。

なんというか、お互い子供ながらに「居心地」が良かったんだと思います。

僕が唯一、喋る女子でした笑

家に帰るコースは違いましたが、お互い集団下校をすっぽかし、2人で帰ることもしばしばありました(その頃は行き帰りが集団が当たり前)。

話す内容は特にありませんでしたが、当時流行ってたセーラームーンや赤ずきんチャチャ、魔法陣グルグルの話をしたり、、

下校時間は短かったですが、そんな彼女との時間はとても楽しい思い出でした。


そんな仲良かった僕と彼女でしたが、ある日を境に疎遠になってしまいました。

キッカケは僕の「言葉」でした。


ある時、彼女が帰る時に珍しく髪をツインテールにしていました。

彼女は大体、髪をいつもポニーテールか下ろしている感じでしたが、この日は珍しくツインテールをしていました。

そこで僕は「〇〇ちゃんの髪型、〜〜に似てるね!」大声で言いました。

なんの言葉かは忘れてしまいましたが、何かのアニメのキャラクターに例えたんだと思います。

その時、彼女は笑いながら「そんなことないよ」と言って僕を軽く叩きました。

ただ、忘れられないのがその時の顔は笑っていましたが、目に大粒の涙をためていました。

今思えば、彼女は必死で泣くのを我慢していたんだと思います。


翌日、彼女は学校に来ませんでした。

そして、その翌日も。

僕は呑気に「風邪でも引いたのだろうか」と思っていました。


その日、学校から帰ると母親から「話があるからちょっと」と言われて、父親の部屋に連れて行かれました。

僕は「何か悪いことをした」と思いました。

ウチの暗黙のルールなのですが、父親の部屋=説教部屋だったからです。

しかし、この時は少し空気が違いました。

ウチの母親は、怒る時は最初から「口調」が荒ぶる感じでしたが、今回はすごく冷たい、かしこまった口調だったからです。


「あんた、〇〇ちゃんに何か言った?」


その瞬間、僕は背筋が凍りました。

もう20年以上の話になりますが、あの感覚は覚えています。

そして母親は「〇〇ちゃんのお母さんから電話があった」ことを話始めました。

・〇〇ちゃんが自分の言葉で傷ついたこと
・それによって、学校に行けなくなったこと
・僕に会うのがツライと言っていること

この話は20数年たった今も、よく覚えています。


「自分の言葉で人を傷つけてしまった」


僕は「直接彼女に謝りたい」ことを母親に言って、数日後になんとかその場を設けてくれました。今思えば、それも自分の「エゴ」だったかもしれませんが。

場所は彼女のお家でした。

彼女としては僕の存在を見たくなかったのでしょう。玄関のところで僕が謝りました。

時間としては5分も経っていなかったと思います。

それでも僕自身はその5分を今でもはっきり覚えています。

彼女の怯えた目、、今まで仲良くしてくれていて、あんな目を僕にむけた事がありませんでした。

母親は「言葉には気をつけなさいよ」と言ってそれで終わりましたが、僕はショックを受けてしまい、以後彼女とまともに話す事ができなくなりました。

その後、彼女とはほとんど会話もせず、小学校を卒業。彼女は卒業後に、受験で違う県に転校してしまって、最後まで会えずじまいでした。


「言葉は凶器。使い方を間違えると厄介な凶器になる。言葉のすれ違いで、一生の友達を失うこともある。」


本当にこの言葉通りになってしまったという事です。

でも僕はその時、まだ子供。

本当の意味で、「相手を傷つける」という事がわかったようでわからなかったと思います。


言葉はブーメランのように自分の所に帰ってくる

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その後、僕は中学に入り、中学校を何事もなく卒業し、高校に進学。

そのころはもう彼女のことは忘れていました。

高校では中高一貫の高校に入学。理由としては、ただ受験したら受かっただけの理由でそこに入りました。

高校に入学して、ひとつ決めていたことは「何かしら運動部に入る」ということでした。

中学ではろくにスポーツをしていなかったので、ここではしっかりと何かしらの部活に入ってスポーツを仲間でしたいと思っていました。

そんな中、入った部活が陸上部。理由が、球技が苦手だから。今思えば、アホな理由ですよね笑

ともあれ、陸上部に入り、さぞかし楽しい高校生活を送れると思いきや、、まあ人生そう上手くはいかないものでした。


待っていたのは「いじめ」でした。


僕の入った高校は中学からエスカレーター式の高校でした。そのため、部活も中学からそのままの人がほとんどでした。

つまり、僕は高校から陸上を始め、周りは「中学から陸上をしている猛者たち」でした。

彼らからしたら、僕は体力のないただの厄介者、、、チームとして使えないと思ったんでしょうね。

日頃から、「足が遅い」、「試合で使えない」、「弱い」、「お前は使えない」などと言われてました。

僕は高校に入る以前は運動部に所属した事がなかったので足が遅いなどは当たり前かもしれないですが、彼らは油の乗り切っている、いわばアスリート。僕のように、高校から入ってきた素人は初めての経験だったので、うざったくてしょうがなかったんでしょうね。

練習をしててもダメ出し、試合に出てもダメ出し、部室でもダメ出し、、

部活に入って数ヶ月過ぎて「運動部ってこんなに精神的にくるものなのか、、」と絶望しました。

今まで、運動部に入ったこともなく、昔の考えで運動部=キツイとは分かっていましたがここまでとは、、

それでも毎朝自主練したり、部活が休みの日でも家の近くにある坂を20本-30本ダッシュしたり、本屋で「足を速くする方法」の本を買って読んで研究したりしていました。

今考えれば、アホですがそのころは「足が遅くなる」からとマックやファーストフードも一切食べないようにしました。

そして身長を伸ばすために毎日牛乳を一リットル飲んだり、毎日腹筋をしたり、、

ですが、相手は中学から1年生から3年間、みっちり練習してきた猛者。時は残酷で一向に彼らとの距離は縮まりませんでした。

そして「いじめ」はエスカレートし、言葉だけでなく、「暴力」に発展してきました。

試合に負けたら顔やお腹を殴られ、蹴られ、そして練習で少しでも目標のタイムに遅れたらダンベルを投げられたり、、

ダンベルを投げられるのはとてつもなく痛く、ある時は脇腹があざになったときがありました。翌日、試合で痛みを堪えながら走ったのをよく覚えています(タイムも散々で、それもまたダメ出しされました)。

今考えれば異常でしたね。

僕自身、言い返したり、殴りかかろうとしましたが、向こうは集団でこっちは孤軍。勝敗は明らかでした。

ある時、あまりにもいじめが酷く、情けないですが泣きながら部室を出て、帰った時、、ふとこう思いました。


「なんで自分がこんな目に合わなきゃいけないんだろうか。自分は何も悪いことをしていないのに。」


そしてその時、ふと小学校の時のことを思い出しました。

小学生の時、僕がデリカシーのない言葉を使い、傷つけてしまったあの子のことを。


「あの子も自分が傷つけてしまった時、こう思ったんじゃないか。」


まさに因果応報。

言葉はブーメランのように返ってくる。

自分がやった過ちは自分に返ってきたわけです。

小学生時代、相手を傷つけてしまった報いが今きたんだなぁ、、としみじみ帰りの電車の中で思ったのを覚えています。

あの子もこんな感じで傷ついて、悩んで、苦しませてしまった、、

そう考えたら、自分が受けているのは「罰」。そして本当に自分は取り返しのつかないことをしてしまった。

あの子にこんな苦しい思いをさせてしまっていたんだ。

もう数年経った後に、ようやく気づいたことでした。


彼女に心からのお詫びを言いたい

その後、僕は高校3年生に進学する前に部活を辞めました。

正直、もう少し続けていけば夏に引退、、という形だったのですが、その頃から身体の不調が酷く、とても部活にいける状態ではありませんでした。

昼食は食べれず、部活前の15時くらいになると、途端に心臓がバクバクし始めてお腹が痛くなり、走ることも出来なくなるほどでした。

ひどい時は授業中に震えが止まらなくなり、部活前にトイレで吐き、そして練習に行く日もあり、、

だんだんやつれていくのが目に見えて、親、担任が心配し急遽面談となり、「身体のためにも部活を辞めた方がいいのではないか」と言う結論になりました。

あと半年ガマンすれば引退、、、自分としては今まで2年以上してきたことを壊したくありませんでしたが、父親から「身体を壊したら元も子もない」と言われて辞める決心を下しました。

僕は退部届を出しました。

辞めてどうなるんだろうか、、と思いましたがとにかくスッキリし、嫌なことから解放されるってこんなに気持ちいいんだと実感しました。

もちろん、部活にいた連中からは茶々が入ったりしましたしたが「もう関わらなくていい」と自分で割り切っていたので、苦ではありませんでした。

そして安心したのも束の間、やるべきことは一つでした。


「彼女に会って、真剣にお詫びをしたい」


小学生の頃の謝罪は、表面上でした。子供の時は「傷つけられた心の痛み」について、本当に理解できていませんでしたから。

でも、今ならその痛みが分かりました。自分も実際に痛みを受けてこれほどツライものとは思っていなかったので。


しかし、彼女の行方は知らず。

そのころはSNS(Facebook、twitterなど)はなかったので、探すなんて不可能に近いほどでした。

ましてや県外に引っ越したので探すなんて、もはや探偵でも雇わないと探せないレベル、、

とりあえず、彼女の当時に友達に聞きまくりましたが、全く所在は割れず。

今ではありえないですが、その当時通っていた小学校に行き、彼女の担任にも聞きました(ストーカーか、、)。

でも担任の先生も僕の思いを汲んでくれましたが、行方は知らず、、

そうこうしている内に彼女のことも忘れて月日が経ち、僕は大学生となり、そして社会人に進みました。


Facebook経由で彼女をついに見つける

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社会人になった僕は、九州に配属となり、もう彼女のことはすっかり忘れていました。

それより、仕事が忙しくて、彼女のことどころか、プライベートもありませんでした。

新入社員時の月の残業は100時間は超えており、、

まあ、残業時間は全て給料になりましたし、何より新規事業所の立ち上げにより忙しかったのでしょうがないのはありましたが、、。

そこで経験したことは今でも自分の原動力にはなっています。

それでも今の労働基準法から考えればありえないですよね笑

おかげで遊ぶ時間はなく、お金は貯まる一方で3年間でかなりの金額が貯蓄されたのはここだけの話。

とにかく、新入社員から3年目くらいは休み以外の日は、ほぼ仕事。

毎朝6:30起床→8:00出勤→20:30退勤→22:00帰宅→24:00就寝

こんな感じの生活だったので、アフターファイブって何?って感じでした。

もちろん、彼女のことも忘れており、もう一生会えないだろう、、と思ってました。


そんなある日、友達からfacebookの友達申請がきて、オススメ?一覧で見覚えのある子を見つけました。


「〇〇ちゃんだ、、」


風貌はもちろん、大人になっていましたが、名前も顔も間違いなく彼女でした。

高校生時代から探して、8年あまり、、ついに見つけた、、

でもなかなか「友達リクエストボタン」を押せませんでした。

小学生の頃、彼女の家に謝りにきた時にあの怯えた顔を思い出しました。

そんな彼女に対して、「友達になろうぜ!」みたいなノリでいっても大丈夫だろうか。

そして、この謝りたいという行為自体が「エゴ」じゃないのか。偽善じゃないのか。

そう思って、僕は3日間くらいリクエスト送るか送らないか迷っていました(うわ、マジで今考えれば俺チキン、、)。

3日間悩んだ末、出した結論がこうでした。

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僕の大好きな「鋼の錬金術師」の言葉ですね。

僕のやることは「エゴ」かもしれないけど、やらないより、やったほうが自分にとっても前に進めると思ったからです。

それで相手が傷つく可能性もありますが、自分自身が前に進むため、そして相手に誠心誠意謝りたい、、これだけは変わらない真実だったので僕は彼女に友人リクエストを送りました。


そうこうして数時間後、なんと彼女から「承認」の通知がきました、、しかもメッセージ付きで。

「久しぶり!小学生以来だね〜。元気にしてる??てか相変わらず変わらないね笑」

彼女自身、過去のことは忘れているのか?という疑問も抱きましたが、とりあえずメッセージを続けて、その流れでSMSを交換する流れになりました(当時LINEはなかったので)。

そして、今度僕が地元に帰ったら会わない?と向こうからのお誘いが。

彼女は社会人になって、地元に帰り東京の会社に勤めてるとのことでした。


「謝るチャンスはこの時しかない、、、、」


僕は「ぜひぜひ」とメッセージを送信しました。


言葉で傷つけてしまった彼女を傷つけてしまった僕は、彼女の言葉で救われた

彼女と会う前、もうそれこそ「初デートにいく高校生」バリに緊張しました。

デートに行ける!ではなく、話をいつ切り出せばいいのか?に悩み、、

告白とは違う緊張感を持っていたと思います。実際に、前日くらいに会いたくない?のかほとんどご飯が食べれないほどでした(少しオーバーですが)。

でも、彼女にもう一度本気で謝りたい、、それを一心で会いに行きました。

場所はとある駅。

とりあえず僕は待ち合わせ場所に15分くらい前に着いて待っていました(いや、高校生か)。

そして待ち合わせ時間の5分前に彼女がきました。

大人!って感じでしたが、小学生の時の面影がやはりあり、、

「久しぶり〜小学生以来だね〜元気してた〜」

向こうから話しかけられて戸惑う自分。

ここら辺はあんまり覚えていないので、とりあえずご飯を食べることに。

そしてご飯を食べていて、意を決して「謝りたいことがある」と切り出しました。

彼女はキョトンとしてしていましたが、続けて「小学生で泣かしたことあるじゃん、、あのこと」と。

そうしたら、彼女は少し考えて、続けていきました。

「あー、、、あの時のことか。もしかしてそれを言うために今日?」

「うん、、実はそう。ごめん。あの時は小学生だったから分からなかったけど、今ではすごいあの時の痛みが分かる。本当に申し訳なかったです。きちんと謝りたくて、それで今回会ってもらった。」


そう言うと、彼女はさっきまでの顔とは違い、真剣な顔になり「じゃあ私も正直に話さなくちゃね。」と続けました。


「あの時は正直、傷ついたよ・・。私、すごく△△のこと信頼していたし、男子で唯一の仲のいい友達だったから。だからある意味、△△のおかげで学校楽しかったし、、でもそれが楽しくなくなっちゃってね、、だから学校いけなくなっちゃった、、」※△△は自分のことです。


「でも、ウチに謝りにきた時の顔をみて、ああ、やっぱり私の知ってる△△の顔だ、と思ってね。だから学校行けるようになったんだ。あー懐かしいねー。でも本当にもう気にしてないから安心して。むしろ、こんな風に本気で謝ってくれてありがとう。なんかいい意味で、△△は変わってないね笑」


「Facebook申請の時もすごく嬉しかったよ。転校した時から元気にしてるかなーって思ってたから。だからこういう風にまた会えて良かった、ってことでチャラにしない?もう私たち、大人だし。それに私を傷つけた一言が△△の全てじゃないってことくらい私でも分かるよ。


「だから、改めて友達としてこれからもよろしくね。いっぱい話したいことあるし。過去は過去だし、これからも友達でいよう。」


言葉は時に凶器になります。

でも言葉って、その傷口を癒すのも人の言葉でしかないんですよね。

僕は文字通り、彼女に言葉で救われました。

今まで、ずっと抱えていたものがスッと消えた瞬間でした。

もちろん、それは「自分の過ち」に間違い無いのですが、彼女が許してくれたことでずっと感じていた引け目から解放されたんだと思います。

10数年ぶりの再会、そして10数年ぶりに、本当に心から彼女と向き合えた瞬間でした。


あれから彼女とは頻繁に連絡を取るようになりました。

某ネズミ王国の物語なら、ここから恋が芽生え、はいめでたし〜という感じですが、そうはならず笑

お互い、「友達」のほうが居心地がよくて「友達」から「親友」となりました。

「異性の友達関係なんて無い!」という人もいると思いますが、僕は結構割り切れるタイプなのでそこは全く何も起こらず、、

その後、僕も彼女も結婚して今では疎遠になりましたが、何かで出会った時もいつものテンションで喋れると思います。

お互い変わらないねーって。

親友ってそういうものでしょ?


言葉とはナイフのように、人を殺めるモノにもなれば、人を救うモノにもなる

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僕は彼女を傷つけましたが、結果として彼女に救われたことになりました。

それも彼女の言葉によって。

言葉とは本当に表裏一体。

人を殺めるナイフにもなるが、人を救えるモノにもなる。

僕もこんな偉そうなnoteを書いていますが、それでもまだ言葉で人を傷つけてしまうことはあります。

前述したように、「あー言わなければ良かった」なんて結構、、

それで毎回毎回反省して、言葉を選びながらしゃべるようにしています。

そして僕自身も、いろんな人からの言葉によって多くの傷を受けました。

それこそ理不尽な言葉だったり、第三者からしたら「こんな言葉で傷つくの?メンタル弱っ!」みたいな言葉でも勝手に傷ついて、勝手に凹むこともしばしば、、

たまに「なんでこんなにメンタル弱いんだろう?なんだったら人と接することなんて止めようか。これ以上喋ると人を傷つける、自分が傷つけられる。」なんて思うことも多々あります。

でも人って他の人と話している時が一番、楽しくて心の傷を癒せるんですよね。

それこそ、友達からの言葉で救われたり、恋人やパートナーからの何気ない心遣いで救われたり、、

ほんの一言、くだらない言葉でも死から生に変わるんです。

金八先生じゃないですが、人は1人じゃ決して生きてはいけない、、人の傷は自分自身で治していくものですが、他者からの何気ない言葉で傷を少しずつ塞いでいく。

言葉とはそんな力を持っていると僕は思っています。

人は人によって殺されますが、救うのも人しかいません。

昨今、SNSにおいて、平気で誹謗中傷できる時代になってきています。

それこそ、言葉だけでなく、文字で人を殺めるまでに至ってしまいました。

僕自身は、そういう言葉、文字を平気で使う人間は到底、理解できません(理解しようとも思いませんが、、)。

でも言葉や文字で人を殺せても、それを防ぐことができるのも人の言葉や文字です。

僕はSNSで「元気が出ない」とか「落ち込んでいる」人を見ると、そっと一言でも文字を送るようにしています。

それこそ偽善かもしれないですが、やらない善より、やる偽善。それで少しでも元気になれば、それでいいんじゃないでしょうか。

甘っちょろい戯言かもしれないですが、少し寄り添うだけでも、ほんの少し勇気を与えるだけでも人はちょっと救われる、、僕はそれをやっていきたいと思っています。

誰かが人を傷つけることはこれからもありますが、僕は少しでも誰かの背中を押せれば幸いです。「悪くないよ」と。

これからも僕は言葉によって人を傷つけてしまうかもしれません。ひょっとしたら一生の傷を負わせてしまう可能性もあります。

でもそうならないように、もう2度と同じ過ちを繰り返さないように、言葉を紡いでいきたいと思います。


だって言葉で僕は救われたのだから。だから言葉で誰かを救えるはず。


おまけ:私的名探偵コナンベストシーン

最後までお読みいただいた方には厚くお礼をさせて頂きます。

お礼といっちゃあなんなんですが、僕は名探偵コナンが大好きでして、好きなシーンが山ほどあります。

ですが、敢えて、、というならということで選びました。

僕のお気に入りのシーンはここ。

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犯人を推理で追い詰めて、みすみす自殺させてしまう探偵は・・・殺人者とかわんねーよ・・・
「名家連続変死事件」から

このシーンは、コナンと平次がとある事件で犯人を暴き、犯人は殺した恋人を追って自殺をしようとしちゃうんですよね。それをコナンと平次が止めた。そして平次が「やっぱり(犯人を)死なせたほーが良かったんやろうか」に対してのセリフ。かなり初期の時です。

実はコナン、一度だけ犯人を推理で暴き、そして殺してしまったことがあるんです(正確には、自殺させてしまった)。

元々犯人も犯行後、自殺をするつもりだったのですが、コナンはそれを止めることができなかった。

その事件はピアノソナタ『月光』殺人事件と言って、wikipediaにそのエピソードが紹介されるほど、有名な事件です。

コナンにとって、この事件は「トラウマ」となり、この経験から上のセリフへと紡がれます。

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ちなみにこの犯人、男性です(ふつくしい)。

コナンはこの事件で、「犯人を推理で追い詰めて、死なせてしまった」ことにひどく後悔し、以来「推理で犯人を自殺させない、きちんと罪を償わせる」という信念を持つようになります。

それほどコナンにとって、その事件はトラウマだったわけです。


と、いうわけでこんな感じの初投稿でした〜。

雑な文章ですいませんでした。ポエムっぽくて笑

ではでは。

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