短編206.『風化していく/事件は/駅舎と共に』(下)
事件の舞台の一つともなった駅に列車が止まる。今はどの駅も改装され、昔の面影はない。均一化の波は図らずも事件そのものに幕を引く。隠蔽とは言わないまでも、きっとどこかに人々のそういった心の作用が働いているのかもしれない。無味無臭の駅舎は何も語らない。列車はただ通過していく。
東京を離れること約四十分。ここまで来ると、緑が豊かだ。畑と雑木林が土地の中心で、点在する家々の間隔は広い。土が剥き出しとなった道路に雨は降る。犯人がそこを車で何度も往復したかもしれない、三十数年前に。
車窓から見える家々。マンションや真新しい家が目立つが、昔からそこに建つであろう一軒家もまだ辛うじて見受けられる。
ーーーもしかするとこの一軒の中に。
そんな想像が頭をよぎる。さすがに引っ越しているだろうか。車窓の彼方に消えていく古びた一軒家の閉じられた雨戸の記憶に耳を澄ます。作家的感性とは名ばかりの野次馬根性。タチが悪い。
*
本をバッグにしまい、スマートフォンを取り出した。これも毎年の習慣だ。犯人の名前を打ち込み、新たな情報がないかを探す。今もこうして事件に執着している人間が私一人ではないことの確認。例え無くても構わない。それはネット上に舞う砂塵による風化への歩みだから。犯人の生家が更地になっているのと同じように、全て消えていくは定め。
私はスマートフォンの地図アプリに犯人の生家の住所を打ち込んだ。市町村合併の影響でかつての市の名前は既に別の名へと変わっている。それでも尚、旧表記の住所を打ち込んだ。
アプリは混迷の果てに、大まかな地形だけを表示した。
そんな場所は初めから存在しない、とでも言うが如く。
* * *
『高度経済成長期の終わりに』
括られた首。
かつて幼な子の首にかけたであろう両手は重力に従順。
多くの謎を抱え込んだままの脳味噌への血液供給は止まる。
ネズミ人間が嗤(わら)うそこは甘い世界。
【オタク=悪】
の図式を完成させた一人の男の歩み。
それはそのまま
没落していく日本の後ろ姿と重なり合う。
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