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霞 ~6.芝居~



「見て、つらら!」
階段を昇り始めてすぐ、緋乃が声を上げた。回廊の屋根の両側にさがった、大小のつらら。彼女は、硬さを確かめるように指ではじき弾きながら歩いている。
「これって、融けた雪がまた固まってるんでしょ?ややこしいけど、きれい。」
品定めをするように一本一本眺めたあと、30センチほどのものを折り取った。そのまま両手で胸の前に構え、こちらを狙っている。
「“温泉宿殺人事件”。あの犯人は手作りの氷のナイフを使った。でも、ここじゃそんな面倒なことしなくていいから楽ね。」
「ま、待った。早まるな。せっかく来たんだ、とにかく温かい湯に入ってゆっくり話し合おう。」
「話し合うことなんかないでしょ。こうするしかないって、わかってるんじゃない? でも、かわいそうだから、人生最後のお風呂湯くらいは使わせてあげる。」
「ありがたい。しかし、そいつは捨ててくれよ。湯に浸かっているところを後ろから刺されたんじゃ、かなわない。」
「あら、そんなことしないよ。刺すなら正面からだもん。怖い?」
しばらく沈黙が続いた。

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恋愛感情の描写よりも、女性の強さ畏れを描いてみました。自分の失敗談も含めてこんな出会いがあってもいいかな、と。

仕事を通じて知り合った、年の差のある二人。何度か二人で食事に行った後、初めて彼女から「温泉に行きたい」と言ってきた。当日は晴れたものの、前…