第20回「翻訳・訳詞③【主語】について脚本編」~創作ノート~TARRYTOWNが上演されるまで
こんにちは!ミュージカル「TARRYTOWN」の翻訳・演出の中原和樹です。
つらつらと続けている創作ノートですが、ついに第20回までくることが出来ました。
思いつくままに徒然と書いているので、続くに伴い内容がいったりきたりしますが、それも含めてこういう創作ノートなんだと思ってもらえたら幸いです。
さて今回は、さらに深堀りして書きたい内容が出てきましたので、少し前に書いてきました翻訳・訳詞シリーズに再び焦点を当てていこうと思います。
こちらの記事を読んでからですと、より楽しめるかと思います。
今回のテーマはずばり「主語」です!
実はいまオリジナルミュージカルを創作している最中なのですが、その歌詞を書いている際に改めて自分で気付いたことがあります。
「自分は歌詞に主語を入れることが好きじゃないんだ!」
ということです。笑
第7回の創作ノートでも少しだけ触れたのですが、日本語という言語は、日常的には主語を省くことが多いものです。
対して英語は主語が省かれることはあまりないのです。
例えば、A君とB君が大学のカフェテリアでばったりと出会ったとします。
よくある(あるのかな)会話ですね。
次に、この会話内で自然に省かれている主語を全て入れてみます。
主語を(場合によっては目的語を)省いても成立する会話に主語を戻すと、やぼったかったり長かったりと感じる言葉になってくる印象がありませんか?
対して英語の場合。
形式的な主語のItも含めて、主語が全ての文に含まれます。
もちろん、若者言葉やネイティブのカジュアルな英語の場合、主語なく話すことも全然出来ます。ただ、演劇や脚本といった場合では、そういった最近の文化やくだけた英語を作中で扱うシーンでない限り、ほぼ主語がある文で構成されています。
言語の特徴として主語の扱いが大きく違うため、英語→日本語で翻訳していく場合、これらの「主語」をどう扱うかという観点は非常に大事だと感じます。
・訳すのか / 訳さないのか
・訳す場合、どういった主語を当てはめるか
です。
(ちなみに日本語→英語で文章を作る際も、もともと文章に書いていない主語を英語の単語で当てはめていくのに苦労します。)
物語中でイカボッドとブロムが初めて出会うシーンでの台詞を例に取ってみます。
というのが原文なのですが、これを訳す選択肢を挙げてみます。
この中でどれを選ぶか(他の選択肢を探すか)で、そのキャラクターの描写が少しずつ変わってきますし、演技を創る際に俳優が台本を読み込む際も、イメージが変わってきます。
ちなみに僕が翻訳する場合は、
①英語そのものの意味や読解も進めつつ
②「この人物はどういう人間で、この物語の社会の中をどう生きているか」
=登場人物が「その状況・その関係性の中で発する」言葉
③戯曲を俯瞰した際の見せ方・印象の計算
という観点で訳します。その中でも特に②の観点が大きいです。
文語的よりも、口語的な感覚で訳すいうことかもしれません。
そうなってくると、日本語で話すという前提(日本語に訳しているという前提)の上なので、主語を省く、という方向にいくことが多いです。
本来の会話では省いてもOKな主語が、そこにわざわざわ現れることに意味を見出すとも言い換えられます。
主語が現れる文は、主語がない分よりも相手に言葉の意味が刺さるような感覚があるので、状況や登場人物の関係性などに照らし合わせ、ここぞというときにその言葉を発せさせているような感覚です。
上記したブロムの例でいくと、
You’re the new music teacher, right?
の文章中にtheがあること、語尾のright?のニュアンス、前後の文脈も含めて、この新しい英語教師のことをブロムは事前に聞いていた(知っていた)と捉えます。
これは①の観点です。
②の観点では、
・ブロムが初対面でどれだけ相手に踏み込んでくる人物か
・他の人間との関係性をどう結ぶクセがある人物か(すぐ見下すのか、すぐ友達になるのか、距離を置くのか、など)
・この時のブロムは急いでいるのかなど
といったものがありますし、
③の観点では、
・物語全体として見たときに、ブロム→イカボッドの関係をどこまでに匂わせるか
ということになります。
ちなみにこれらの観点のトータルとして、上演した際は
ブロム:新しい音楽教師か?
としました。
主語を入れないことで、ブロムとイカボッドの距離を遠く描くこと、ブロムが端的な言葉を使用するような人物のイメージを与えたい、といった意図があります。
ミュージカルの場合、歌詞も基本的には登場人物の言葉であると考えると、上記のルールは、脚本はもちろん歌詞にも適応されてきます。
次回の創作ノートでは、歌詞(訳詞)での主語の取り扱いについて書いていこうと思います。
お読みいただきありがとうございました。
中原和樹