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第24回「振り返り編④ イカボッド」~創作ノート~TARRYTOWNが上演されるまで

こんにちは!ミュージカル「TARRYTOWN」の翻訳・演出の中原和樹です。

登場人物に注目して書いてきました振り返り編、ラストはイカボッドです。

NYからTARRYTOWNにやってきたイカボッド。
登場人物三人で歌う、神秘的な楽曲のオープニング曲に続いて、Tarrytownという曲を歌います。
(リンクから飛べるサントラでは、オープニングとTarrytownの楽曲が同じトラックになっています。0:31までがオープニング、それ以降がTarrytownです。)

リュックを背負い、スリーピーホロウ高校に向かいます

穏やかな雰囲気と共に、TARRYTOWNの町の風景が語られていきます。時折、出てきたNYを思い出しながら、そしてNYとTARRYTOWNを比べながら楽曲が進んでいきます。作品タイトルが冠されている楽曲にふさわしく、これから何が起きるのか、爽やかな空気と共に不思議な予感を漂わせている音楽です。
この場面は、イカボッドが見ている景色・聞こえている音・感じている空気・匂いなど、イカボッドの五感からTARRYTOWNが生まれるような時間でした。
今回の上演ではセットがほぼ無く抽象的な舞台でしたので、俳優それぞれの想像力と、その想像力を眼前に出現させる力に頼った演出でしたが、最初からその世界へと観客を誘ってくれるような、高島さん演じるイカボッドの魅力が存分に活きたシーンだったかと思います。

授業中です

イカボッドが赴任したスリーピーホロウ高校での、音楽の授業の1シーンです。イカボッドは高校で教えている際には眼鏡をしているという演出設定でした。人とのコミュニケーションが苦手なイカボッドがどう授業に向き合っているのか、具体的にどんな授業を行っているかというディスカッションの際に生まれたアイディアです。
シンプルに他のプライベートな時間との違いも分かりやすく、イカボッドが自分の身を守るような、素顔を隠すような意味合いとしても作品を助けてくれました。

イカボッドが手に持っている本は、日記のイメージです。イカボッドの日々の記録、TARRYTOWNの生活だけではなく、NYでの過去も記録されているようなイメージでした。
ちなみに、カトリーナ編では書きませんでしたが、カトリーナは子供用のアルファベット絵本となっています。

少し目に影がかかり、全く違った雰囲気です

これはイカボッドが自身のNYでの記憶を赤裸々に歌うGoes Awayという曲の一場面です。
実はドラッグ中毒であるイカボッド。NYで暮らしていた際に、ふとしたきっかけでドラッグにはまってしまいます。
疾走感がある音楽の中にたくさんの単語が入り込み、否応なしにイカボッドの思い出の中へと連れ去られるような楽曲です。
音楽が持つリズムと空間・時間を運ぶ力が強く、かつ開放感も感じるような楽曲なのですが、イカボッド自身はその過去に身を置きつつ追体験しているような場面なので、制限がぐっと存在する中で歌う方が良いという判断をして、立った状態・座った状態・座って前のめりになる状態など、細かく突き詰めて創っていきました。

イカボッドは内面を一人で吐露したり、想像の中・過去の記憶の中へと入っていくような楽曲が多く、感情的な面でも、役柄の人生の体験の振れ幅という意味でも、上演時間の1時間45分の中を上へ下へと揺れながら進んでいきます。
それはイカボッドの繊細さや優しさ、そして内側にある狡さや弱さとも繋がるような部分でもあるため、本当に多面的な人間の内側をさらけ出すような役柄です。
とてもバランス感覚が必要で、捉えどころが難しい役でしたが、稽古終盤、高島さんが全然違う表情・居方になっていったことを覚えています。イカボッドの人物像については、TARRYTOWNの中で一二を争うぐらい議論したのですが、高島さんがそれを少しずつ血肉にしてくれて、花開いた瞬間であったように思います。
と同時に、ブロム・カトリーナ・イカボッドの関係性がくっきりとして現れた瞬間でもありました。濃密に関係性を創り上げていけるというのは、登場人物が少ない作品の醍醐味でもあるような気がします。

ランタンが悲しげに光っています

最後のこの写真は、タイトルもずばりIchabodという曲の一場面です。ブロムとの約束を果たしに、墓地を訪れたイカボッド。恐怖心と戦いながらも、ブロムとの約束・これからの人生に想いを馳せています。美しくも悲しく見える良い表情です。

この曲は大変長く、5分以上を一人きりで歌い上げます。しかも楽曲内でも様々な変化があり、劇中の別の楽曲のメロディが多数使われている点で、ミュージカルとしてもエキサイティングなシーンです。
そして一人芝居的な要素も求められ、夜の墓地の中で、徐々に現実と幻想が入り混じっていくような幽玄な空間を創り上げる必要がある楽曲です。

基本的に台本を片手に歌う演出的ルールの唯一の例外として、この曲では台本を持たずに歌ってもらうこととしました。ボリュームとしても本当に大変な曲ですが、高島さんがそれを乗り越え体現してくれたおかげで、クライマックスに相応しい一大ナンバーとなりました。


TARRYTOWNの深い霧の中で一番彷徨い、揺れ動き、ブロムとカトリーナの間に挟まれ、自身の欲望と葛藤に苛まれたイカボッド。このTARRYTOWNでイカボッドが過ごした時間は、果たして幸福だったのか不幸だったのか分かりませんが、劇的で濃密であったことは確かだと思います。


これで、登場人物にスポットを当てた振り返り編はいったんおしまいとなります。
イカボッドもブロムもカトリーナも、それぞれの形でとても人間的であり、弱くもあり、改めて愚かでもあり美しくもあると思います。
上演から少し時間が経っても、こうして想いを馳せられる作品と登場人物がいることは幸せなことだなぁと感じました。

今回もお読みいただきありがとうございました。
次回もお楽しみに!

中原和樹

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