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私が管理本部長だ! vol.8
旅の恥はおすそ分け
旅に恥はつきものだ。
キレイな景色に美味しい食べ物、なかなか出来ない貴重な体験などなど。そんな中でテンションが上がってしまい、いつも以上に大きな声を出してしまったりちょっと変な行動をしてしまったりするのは仕方のないことだ。
ただ、それが自分の望んでいない形で起こることは不幸以外の何ものでもない。
*****
「5月の幹部研修は、那須に行きます」
3ヶ月に一度行われている早朝幹部会で、専務がそう発表した。
「かねてから社長から提案のあった幹部研修ですが、今回は一泊二日で行こうかと思います。役員のみなさんと統括、部長、マネージャーまでを参加としますので、各店舗のシフト調整なども含めて各自準備を行っておいてください」
手渡された資料を見ると、初日はマイクロバスを使って伊豆高原の名所を巡り、夕方簡単なミーティングを終えた後には露天付きのコテージで飲み会に突入するといった簡単な工程だった。
元々は、「最近は人が多くなってよくわからんことが増えてつまらん!とりあえず遊びに行くぞ!」と言う社長のひと声がきっかけだった。ただ、年に一度の社員旅行も控えている中では社内外の体面的な問題もあり、遊びと言う文言は闇の中に葬られ『幹部研修』と言う名目になった。
「・・・と言うわけで、今回の研修では『社内の風通しを良くする』ことをテーマに、今後の各部署のコミュニケーションの取り方を中心に考えて行こうかと思います」
そんな専務の言葉で、今回の早朝幹部会は閉会となった。
*****
幹部研修の初日は日差しが強かったが、いつもよりは湿気が少なくカラッとした空気だったのでとても快適だった。そして正直、あまり暑さを感じない高原地帯を目的地に選んでくれた専務には感謝だった。
道中では、ちょっとしたバラエティーショーを観たりトレッキングをしたりと、思いの他健康的な流れだった。また、牧場で自由行動になってからは、ゆったりと乗馬や釣りを楽しむことが出来た。
研修とは名ばかりのただの旅行ではあったが、大自然の中でまったく仕事の話をせずに過ごす時間には、各自しっかりしたコミュニケーションを取り合うと言う意味では確かに何らかの意味があるだろうと感じた。
そういえば、このようなイベント毎で社長に手伝えと言われないのは初めてかもしれない。きっと、今回は専務がすべてを被ってくれたのだろう。ありがたい。
と、その時まで私はそう思っていた。
*****
それは、夕食後のリビングでの飲み会の席で突然起こった。
乾杯が終わり、飲み始めた缶ビールに何度か口を付けた頃だった。
「ハッピバースデートゥーユ~♪」
各々が缶ビールを片手に左右に揺れながら歌い始めたのだ。
そして、となりの部屋がガバッと開き、大きなホールケーキを持った竹原が現れた。4本刺さったロウソクの火が消えないように、少しずつ部屋の中に入って来る。
ここ2年ほど、ウチの会社では従業員の誕生日をみんなで祝うのが流行っている。私は職務上の関係で、今回研修に参加している者たちの誕生日はすべて把握している。私の記憶が正しければ、今日誕生日の者はいなかったはずだが。。
・・・ん?4本?
「ハッピバースデーディーア高良川~♪」
・・・私か!
「ハッピバースデーーー!トゥーユ~!!」
ケーキは私の目の前におかれ、私はその流れで一気にロウソクの火を吹き消した。
パチパチパチ!!
「高良川!一週間早いが、誕生日おめでとう!お前に隠して準備するの大変だったんだぞ!」
社長は満面の笑みでそう言った。
「いやー、社長がどうしても高良川くんの誕生日を祝いたいって言うもんだから、いつも高良川くんにお願いしていることをすべて私がやる羽目になってしまったよ」
と、専務。
「まーまー、そう言うなよ!お前も高良川には世話になってるだろ?」
「ははは、確かに!高良川くんあっての私たちですからね!」
「高良川さん!おめでとうございます!」
ケーキの向こう側から、竹原や橋間もお祝いの言葉を投げかけてきた。
「おめでとー!」
「おめでとうございます!」
他の幹部たちも、次々と言葉を投げかけてくれた。
「みなさん、ありがとうございます。まさかこんなサプライズがあるとは、本当に驚きました」
私は心からありがたいと思い、「この会社に入って良かった」と素直にそう思った。
そう、この時は。
*****
各自にケーキが取り分けられ、ちょっとした感動も落ち着いた頃、社長と専務がスッと私の前に来た。
「高良川、実はな、プレゼントも用意したんだ!」
おおお!!
回りのみんなが声を上げた。
「いつも高良川くんには世話になっているからね!社長と二人ですごく悩んで決めたんだよ!」
「いやぁ、絶対喜んでくれると思うんだよな!」
社長は、後ろ手で隠していた大きな赤いリボンの付いた緑の包み紙を私の目の前に差し出した。四方30~40センチほどの割と大きな包みだった。
「何なら今日から使ってくれたまえ!リラックス出来ると思うよ!」
社長と専務が、異様にグイグイ来る。「早くプレゼントを見ろ」オーラがすごい。
いや、もともとそういう人たちだが、何か嫌な予感がする。。
「そうですか、、いったい何でしょう・・」
嫌な予感はしつつも、この状況で包みを開かない訳にもいかなかった。
*****
包みの中にはさらに包みがあり、大きなものと小さなものに分かれていた。私はそれらを順番に開いて、目の前に並べた。
おおお!
ははは!すげー、ウケるって!
幹部たちが歓声を上げた。
えー!高良川さん、それ使うんですかー!
そういう人じゃないって信じてたのに~!
幹部たちは、目の前に出てきた金色の『スケベ椅子』と『TENGA』に大きな歓声を上げた。
スケベ椅子とは、よくソープランドなどの風俗店に設置されていると言う股間部分にくぼみがある椅子だ。正確には介護椅子なのだが、風俗産業で多用されるようになってからはスケベ椅子と言う呼び名の方が世に知れてしまっている。TENGAは男性自慰のお供に使われるアダルトグッズで、数年前に爆発的ヒットしたことから最近ではメディアへの露出も増えていて、時々芸人さんたちの笑いのネタなどで使われることもある。
なるほど。。
このくだらないイタズラに、呆れて一瞬声が出なくなった。
そして、それを煽る幹部たちにもイラっとした。
しばらくプレゼントを見た後、顔を上げるとそこには「早く感想を言え」と言わんばかりの社長と専務の顔があった。人の笑顔とはこんなに醜いものだったろうか。
「あのですね・・・」
「ん?どうした?嬉しいか?」
「今から使ってもいいんだよ!」
・・・
「いりません」
*****
時間が止まった。
それまでのバカ騒ぎが嘘のようにシーンとした。
「・・・ん?」
社長が信じられないものを見るような目で私を見た。
「いりません」
私はもう一度言った。
「・・・いやいや、私も社長も、すごく悩んで買ってきたんだよ?」
「そうですか、ありがとうございます。ですが、いりませんし使いません」
そこで社長が切れた。
「高良川!せっかくお前のために一生懸命準備してきたのに、何だその態度は!」
「人を笑いものにするためのプレゼントなら、いりませんのでお返しします」
「高良川くん!社長はね、君のことを堅物だと勘違いしているみんなに君の良さを理解して貰うためにだね・・」
「すみません、お返しします」
専務の言葉を遮って、私は自分の意思をそう伝えた。
「もういい!もうお前のことなんか知らん!だが、そのプレゼントはお前が持って帰れ!」
「いりません」
「知らん!」
そう言った社長は私に背を向けた。
「みんな、騒がせたな。飲み直すぞ!」
*****
翌朝、私は5時に目が覚めた。
昨晩は、結局あの後で私に話しかけてくる者はいなかったため、早めに就寝することにした。いつもよりかなり少ない飲酒量だったので、スッキリした良い目覚めだった。
飲み会を行っていたリビングに行くと、散乱した空き缶や空き瓶、まだ中身の入っているスナック菓子などに紛れ、スケベ椅子とTENGAが異彩を放っていた。
私は飲み会の残骸を片付け始めた。
みんなきっと朝方まで飲み明かしたのだろう。部屋からはいくつかのいびきが聞こえていて、誰も起きてくる様子はない。
10分ほどの時間でゴミはキレイに片付いた。
そして、スケベ椅子は浴室内のシャワー前に設置した。
TENGAは、浴衣などが入っていたローチェストの中に入れておくことにした。
*****
それから1時間ほどして、最初に起きてきたのは専務だった。
「ああ、高良川くん、おはよう・・」
「おはようございます」
「いやぁ、飲みすぎたよ。頭が朦朧とするからシャワーでも浴びてくるよ」
そう言った専務は浴室に向かった。
ここのコテージの浴室はすりガラスになっていて、中の人影がうっすらと見える造りになっている。
バタン
シャー
浴室の扉が閉まる音がして、すぐにシャワーの音がした。
その音の方に目を向けると、そこには、スケベ椅子に座ってシャワーを浴びる専務がいたのだった。
専務。
リラックス出来ましたか?
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私は管理本部長。
せっかくのいただき物はみんなにおすそ分けするのだ。
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