私が管理本部長だ! vol.14
兵どもが夢の跡 中編の1
乾杯が終わるとすぐに、颯爽とした立ち姿の料理長が二人のスタッフを両脇に引き連れて現れた。そして、旅館のマネージャーらしき人が司会さながらマイクでしゃべり始めた。
「本日は当旅館に・・・いただき、誠に・・・がとうございます」
ザワザワ
「・・・は、当旅館料理長の渡部がみなさまの・・・で舟盛りを作らせていただき・・・」
えー!バカじゃねーの~
「自慢の包丁・・きをご覧になりながら、新潟にしか無い地酒を・・・」
ぎゃはははは!
・・・ああ、酔っぱらいがうるさくてよく聞こえない。。
舟盛りは6名に一隻で用意され、色とりどりの魚たちはとてもキレイに盛り付けられた。また、新潟の新鮮な魚を使用していることもあって、そのコク深い味は格別なものだった。
私は、自分の目の前の取り分をペロリと食べてしまった。
*****
料理長渡部さんの見事な包丁さばきから30分が経った。
未だ舟盛りの3分の2は、まったく手が付けられずに放置されていた。
「社長、舟盛りが食べたいって言ってませんでしたっけ?」
社長は面倒くさそうに、
「ああ、悪い。腹の調子が悪いから食えん」
と答えた。
「専務、ご希望の料理長がさばいた刺身ですよ。食べないんですか?」
「高良川くん、私はもうお腹いっぱいだよ」
つまみの食べ過ぎだ。。
・・・ああ、そうか。
「竹原くん、舟盛りが結構余りそうなんですが、もったいないから食べてくれませんか?」
「すみません。。そうしたいのはやまやまなんですが、専務の部屋で結構ガッツリ食べちゃったもので・・・」
そうかそうか。
あの舟盛りは追加料金10万円で依頼したものなのだが、私は見誤ったようだ。
次回から舟盛りは禁止だな。
*****
宴会が始まってから1時間後、
「すまん、高良川。もう限界だ」
と言い残して、社長は一足先に部屋に戻った。
そして、そのタイミングで専務のタガが外れた。
「よーっし!みんなも仕事で大変な思いをしているだろう!私を倒したければ、力づくで来たまえ!」
まったく脈絡がないにも関わらず、なぜかその号令をきっかけに、ステージの上に仁王立ちする専務の回りには体力自慢の男たちがワサワサと集まっていった。
「専務!なんで俺の給料はここ2年ほど上がっていないんですかー!」
そう叫びながら頭から突っ込んで来る多田野を、専務は両手を広げて真正面から受け止めた。そして、右手で多田野のシャツの胸元を、左手で右腕の肘上を掴んだ途端、一瞬専務の体がヒュッと小さくなったかと思うと、ポーンと多田野の体が宙に浮いた。
ドーン!
大きな音がして、多田野は体をうねらせながら悶絶した。
それはそれはキレイな背負い投げだった。
専務は息も絶え絶えな多田野に「ビシッ」と指をさして、
「それが今の君の実力だー!」
と言った。
柔道有段者の専務は、酔っぱらうと人を投げたくなる癖がある。
少人数で飲んでいる時に「高良川くん、ちょっと投げさせてくれよ」なんて言われることもあり、時と場合によっては迷惑極まりないのだが、こういった宴会の席ではなぜか異常に盛り上げる。
「専務だからって、えらそうなんだー!」
ドーン!
「私は、えらそうじゃなくてえらいんだー!」
「なんで提案書を通してくれないんですかー!」
ドーン!
「一回の却下で諦めたのは君だろうがー!」
このイベントに参加しない者たちも慣れたもので、ステージ上でどんなに豪快な技が飛び出そうと、どんなに大きな音が飛び交おうと、まったく意に介さず別の話題で盛り上がっている。
ただ、やはり仲居さんたちの視線は最高に冷たい。
そうして、いつも決まって20分ほどで終着し、みんなで肩を組んで飲み直すことになるのだ。
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