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私が管理本部長だ! vol.9
さらば労働基準法 前編
私は思ってしまう。
『労働基準法』とは、中小企業や零細企業の利益を一切考えず、従業員一人に対して年間で最大40日間ものサボりを認め、たかだか日が暮れてから仕事をするだけで1.25倍、さらには1.5倍もの賃金を発生させる恐ろしい法律である。
国は、企業には良心が無く、個人には良心があるものと勘違いしている。
昨今、義務を果たさないままに権利の主張ばかりをする人間が増えてきた。そしてその主張は、常に決まって独善的で、自己中心的なものなのだ。
*****
始まりは、朝一の橋間からの電話だった。
「高良川さん、今度アルバイトの伊勢谷が辞めることになったのですが・・・」
そう切り出した橋間は言いづらそうに言葉を続けた。
「本人が言うには、働いて1年と半年近くになるので、辞める前に有給消化がしたいとのことなんです」
ウチには良くも悪くも「たくさん働いてなんぼでしょ!」と言う人間が多いので、有給を使用すると言う文化があまりない。
だがもちろん、従業員の権利なので最低限の有給支給は行っている。
「辞める前に有給消化をするのであれば、シフトの調整と支給日の連絡を貰えれば大丈夫ですよ」
「いえ、、実は、彼には入った時に一度「ウチには有給なんて無い」って伝えていたのですが、今になって「無いのはおかしいと思います。労働基準法にも書いてますし、労働基準監督署の人もおかしいって言ってました!」と喰ってかかられちゃいまして・・・。僕も有給に関してはあんまり詳しくないので、彼の実際の有給付与日数を高良川さんに調べて貰えないかなと思いまして・・・」
なるほど。
橋間は部下とのコミュニケーションをまめに取る男なので、特に下からの人望が厚い。そのため、ここ数年はかなりの店舗数を任されるようになっていた。
シフトを効率的よく回すために勢いで部下を従えていたものの、ちょっとした反乱が起こったってところだろう。
「了解しました。今日明日中に彼の有給付与日数を調べて橋間くんに連絡しますね」
「ありがとうございます!本当に助かります!」
こうして、私はこのくだらない事件に巻き込まれてしまったのだ。
*****
翌日の午前11時、橋間から電話がかかってきた。
「おはようございます。橋間です。高良川さん、少し大丈夫ですか?」
「おはようございます。はい、どうぞ大丈夫ですよ」
「昨日の夜に送って貰った有給付与日数の資料の件ですが・・」
私は、昨日の時点ですべての資料を送り終えていた。
まず、伊勢谷の給与台帳から彼の勤務日数を調べたところ、入社から半年間で54日だった。
このことから1年間で108日の勤務日数が見込まれるので、労働基準法に定められた最低限の有給付与日数と照らし合わせると、入社から半年後に3日分の有給が付与されることになる。
そして、今は入社してから1年4ヵ月になることから、現段階での伊勢谷の有給付与日数は3日分となる。橋間に送った資料には、調査に使用した給与台帳やタイムカード、有給付与日数一覧なども参考資料として添付していた。
「伊勢谷は3日分では納得出来ないそうです」
は?
「「自分はここ半年間くらい、勤務日数も増やしていっぱい頑張ったんだから、そんなに少ないはずがない!」って言っていました」
何を言っているんだ?
「じゃあ君は何日分の有給が貰えたら納得するんだと聞いたんですが、「それは会社がキチンと調べてくださいよ!」とのことでした」
「橋間くん・・・」
この子はバカなのだろうか?
「資料にも明記しましたが、ウチの就業規則では労働基準法に定められた最低基準に従うことになっています。ですから、有給が付与される時は、まずは入社して半年後です」
「はい」
「そして、それ以降は1年ごと、つまり、入社してから『半年』『1年半』『2年半』『3年半』と経った時に有給が付与されます。
「はい」
「伊勢谷くんは入社してから1年4ヵ月になります」
「・・はい」
橋間の返事に少しずつ苛立ちが混じってくるが、私は構わずに続けた。
「まず、彼への有給付与は入社から半年後に行われ、彼のそれまでの勤務日数から考えると3日分が付与日数となります。そしてその時から1年経っていないのですから、付与はそれ以上ありません」
「・・・わかりました。とりあえず、有給付与は3日分ってことで伊勢谷を納得させれば良いんですね」
は?
「ちなみに、伊勢谷くんは労働基準法通りの付与を望んでいるんじゃないんですか?」
「はい、彼はそれを望んでいます」
「では、納得させるも何も、彼が望んだ通りの答えが出ているのですから・・」
「そういう理屈だけじゃないんですよ!」
いきなり橋間が切れた。
「僕はドップリ営業畑の人間なんですから、労働基準法とか何とかよく知らないに決まってるじゃないですか!短い間ではありましたが、伊勢谷は一生懸命頑張ってくれました。そういうところを見て、情的な何かをしてあげてもいいじゃないですか!」
ふむふむ
「橋間くん。要するに、有給をたくさんあげるための方法を知りたいってことですか?」
「そう言った方がわかりやすければ、そう取って貰っても構いません!」
いったい私に何を言わせたいのかがまだ明確にはわからないが、とりあえずストライクゾーンにはカスッたようだ。
「では、個人的にはオススメしませんが、もしも有給をたくさんあげたいだけであれば、方法は大きく分けて二つあります」
まあ、部下に嫌われることをとても苦手とする橋間のことだ。
私の想像以上に何か色々と言われてしまい、傷ついているのだろう。
*****
「一つ目の方法は、今月を入れて後3ヵ月働いて貰う方法です。そうすれば入社してから1年半が経過したことになるので、新しく1年分の有給が付与されます」
橋間は大声を出してしまったことが気まずいのか、相槌を打ってこなかった。
「確か彼の場合は、ここ半年間の勤務日数がおおよそ月に20日程度だったかと記憶しています。キチンと計算してみないことには何とも言えませんが、おそらく年間で170~180日程度の勤務日数になるかと思います。であれば、追加で8日分の有給が付与されることになるので、合計で11日分の有給を付与することが出来ます」
「・・・」
「もう一つの方法は、特例として有給付与日数を増やしてしまう方法です」
「・・・はい」
「ウチの会社では就業規則に『労働基準法の最低基準に従って有給付与を行う』と明記されているので、それ以上のことを行うのは厳密に言えば就業規則違反と言えます。ですが、大前提として『従業員にとって有利になる内容』であればそこで何か問題が発生すると言うことはまずありません」
我ながらバカバカしい説明だ。
「ですから、会社のルールを変える決裁を持っている取締役の方々に事情を説明して、伊勢谷くんに優遇措置を取って貰うようにすれば橋間くんの言う『情的な何か』ってものになるんじゃないんですか?」
すると橋間は、少し時間を置いてからこう言った。
「・・・いえ、ですが、会社のルールを変えて優遇を受けるほどのアルバイトでは無かったかと思います・・・」
は?
「取締役の方々を納得させられるほどの働きぶりだったのかと言われると、まあ、普通のアルバイトだったと言うか・・」
あ、、
バカなんだ。。。
「であれば、先に説明した方法を取れば・・」
「いえ、そもそも、彼が辞めると言ってからはすぐに新人採用が決まったので、人員的にも予定通りの退職日でと考えています」
じゃあいったい誰に何をして欲しいと言うのか。。
「とにかく、高良川さんの言うことはわかりました。ちょっと僕なりに考えてみます」
そうして、その日の電話は終了した。
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