なぜ味覚受容体が消化管にまであるの?~アンチエイジング研究所マガジンVol.61~
はじめに
みなさん、こんにちは、やまだです。今回は、味覚についての記事です。そもそも味覚の種類は何種類あるでしょうか?
甘味、苦味、塩味、旨味、酸味、辛味?
実は、辛味は痛みで、痛覚受容体です。つまり、5種類あります。
この受容体があるおかげで僕たちは楽しく食事ができますよね。
そして、歴史を振り返ると、どんなものを食べて良くて、どんなものを食べてはいけないか、判断できたからこそ、生き残ってこれました。
そんな味覚受容体が味を感じる舌以外にも存在していることをご存知でしょうか?
その秘密について迫っていきたいと思います。
味覚受容体の種類
そもそも「味覚受容体」とは何なのでしょうか?
味覚受容体は、僕たちが食べ物の味を感じるためのセンサーのようなものです。舌の表面にある「味蕾(みらい)」と呼ばれる小さな構造に多く存在し、甘味、苦味、うま味、酸味、塩味といった味を認識します。これらの味覚受容体が受け取った情報は脳に伝えられ、僕たちは「甘い」「苦い」といった感覚を得るのです。
例えば、甘味受容体は糖分を検知するために重要です。この受容体が働くことで、エネルギー源となる糖を素早く察知し、体が効率よく取り込む準備を整えます。一方、苦味受容体は毒性のある物質を検知する役割を持ち、僕たちが危険な食べ物を避ける助けをしています。
このように、味覚受容体は僕たちが「食べるべきもの」と「避けるべきもの」を判断する重要な役割を果たしています。次にそれぞれの受容体がどんなものか見ていきましょう。
大きく分けて、GPCRというタンパク質に分類されるのが、甘味と旨味、苦味受容体で、酸味と塩味は、イオンチャネルに分類されます。
甘味受容体
甘味を感知するのは、Gタンパク質共役受容体(GPCR)の T1R2 と T1R3 の複合体です。この二つが協力して糖分や人工甘味料の分子を認識します(ref1)。例えば、砂糖(スクロース)やフルクトースはこの複合体に結合し、脳に「甘い」という信号を送ります。
ネコは甘味を感じないことが知られていますが、T1r2のコーディング部分に247bpの遺伝子欠損があり、機能的T1r2が発現しないことが報告されています(ref2)。
うま味受容体
うま味(旨味)は、アミノ酸の一種であるグルタミン酸を主に感知します。これを担うのは T1R1 と T1R3 の複合体で、甘味受容体のT1R3が共通して使われています(ref3)。この受容体は、グルタミン酸やイノシン酸、グアニル酸といったうま味成分を認識します。
苦味受容体
苦味を感知する受容体は、T2Rファミリー という一群のGPCRです(ref4)。このファミリーには約25種類の遺伝子が含まれており、さまざまな苦味化合物を認識します。例えば、カフェインやニコチン、アルカロイドなどの苦い物質を検知し、体が危険を回避するように働きかけます。
酸味受容体
酸味は、食品に含まれる酸が水溶液中で解離して生成する 水素イオン(H⁺) によって引き起こされます。これまで、酸味を感じる受容体の特定には多くの研究がなされてきましたが、近年になって Otopetrin 1(Otop1) が主要な酸味受容体として機能することが明らかになりつつあります。
かつては Polycystic kidney disease(PKD)2L1/PKD1L3という分子が酸味受容体の候補として考えられていました。この受容体は培養細胞で酸味刺激に応答し(ref5)、味蕾の III型細胞 に特異的に発現することが確認されました。しかし、PKD2L1とPKD1L3を破壊したマウスでも酸味応答が維持されていたため、これらが唯一の酸味受容体ではないことが示されました。
これに対して、Otop1 は H⁺選択的イオンチャネル として機能し(ref6)、III型細胞に発現することが明らかになりました。さらに、Otop1を破壊したマウスでは酸味応答が特異的に消失したことから、Otop1が主要な酸味受容体である可能性が強く支持されています。
塩味受容体
塩味受容体は、少し複雑です。僕たちは普段の食事で「しょっぱい」と感じることがあります。これは塩味と呼ばれ、特に 食塩(塩化ナトリウム, NaCl) によって引き起こされる味覚です。しかし、塩味の仕組みは意外と複雑で、ただナトリウム(Na⁺)が舌に触れるだけでは純粋な塩味にはなりません。最近の研究では、ナトリウムイオン(Na⁺)と塩化物イオン(Cl⁻)の両方が重要な役割を果たしていることがわかってきました。
塩味には、ナトリウムの感じ方によって 2種類の受容経路があることが知られています。
① しょっぱくて美味しい「嗜好性塩味」
「ちょうどいい塩加減」と感じる塩味
スープや味噌汁などの適度な塩分(約1%) で感じる
「ENaC(上皮性ナトリウムチャネル)」という受容体が関与
アミロライド という薬で抑えることができる
この「嗜好性塩味」は、ENaC(上皮性ナトリウムチャネル) という受容体がナトリウムイオン(Na⁺)を取り込むことで生じます(ref7)。ちょうど良い濃度のNa⁺が流れ込むと、舌の細胞が刺激され、脳に「塩味」として伝わります。
② しょっぱすぎて嫌な「忌避性塩味」
「塩辛すぎる!」「食べられない!」と感じる塩味
海水のような濃い塩分(約1%以上)で感じる
「TMC4(電位依存性クロライドチャネル)」という受容体が関与
アミロライドでは抑えられない
しょっぱすぎる塩味は、「TMC4」 というクロライドチャネルが関与しています(ref8)。この受容体はナトリウム(Na⁺)だけでなく、クロライドイオン(Cl⁻) も同時に感知します。例えば、海水を飲んだときの「しょっぱすぎる!」という感覚は、この経路によって引き起こされています。
「味の相互作用」とは?—おいしさの科学を解説!
味の相互作用とは?
「味の相互作用」とは、異なる味が組み合わさることで、それぞれの味の感じ方が変化する現象 のことです。単独の味だけでは感じられない「より強い味」や「まろやかな味」が生まれることがあり、料理や食品開発において非常に重要な概念です。
味の相互作用には、主に 3つのパターン があります。
相乗効果(味が強くなる)
対比効果(一方の味が際立つ)
相殺効果(味が打ち消し合う)
① 相乗効果—うま味の不思議な増強
「1+1が2以上になる味のマジック」
相乗効果とは、2種類以上の味を組み合わせたときに、それぞれの味が単独のときよりも強く感じられる現象 です。
★ 昆布だし+鰹だしでうま味が倍増!
代表的な例が、日本料理でおなじみの 昆布だし(グルタミン酸)と鰹だし(イノシン酸) の組み合わせです。この2つを合わせると、うま味が飛躍的に強くなります。これは、うま味受容体(T1R1/T1R3)において、グルタミン酸とイノシン酸が異なる部位に結合することでシグナルが増強される ためです。
ポイント:グルタミン酸 はT1R1受容体の奥深くに結合
イノシン酸 は手前に結合し、受容体の構造を変化させる
結果として、グルタミン酸がより強く結合し、うま味が増す!
この仕組みは、和食だけでなく、世界中の料理に応用されています。例えば、チーズ(グルタミン酸)+トマト(グアニル酸) の組み合わせが美味しいのも、同じ相乗効果によるものです。
② 対比効果—酸味で甘みを引き立てる
「味のコントラストが生み出す不思議な感覚」
対比効果とは、ある味が別の味を強く感じさせる 現象です。
★ レモンをかけると甘みが増す?
例えば、レモンを少しかけると、フルーツの甘さが際立つことがあります。これは、酸味が舌の感覚をリセットするような働きをし、甘味をより強調させるためです。
他の例:
塩キャラメル → 塩味が甘さを引き立てる
コーヒーに少し塩を入れる → 苦味を抑え、甘みが強く感じられる
酢豚の甘酢あん → 酸味で甘さがより感じやすくなる
③ 相殺効果—苦味を和らげる工夫
「味が打ち消し合ってまろやかになる」
相殺効果とは、異なる味が互いに打ち消し合い、味の強さが和らぐ現象 です。
★ コーヒーにミルクを入れると苦くなくなる?
ブラックコーヒーは苦みが強いですが、ミルクを加えると苦みが抑えられ、飲みやすくなります。これは、乳成分が苦味受容体に働きかけ、苦味を感じにくくするためです。
他の例:
チョコレート+ナッツ → ナッツの脂質がチョコの苦味を和らげる
しょうが+刺身 → しょうがの辛味が魚の生臭さを抑える
日本酒+塩 → 塩がアルコールの辛味を和らげ、まろやかにする
ミラクルフルーツの不思議な力—酸っぱいのに甘く感じる理由とは?
味覚についての話題で触れないわけにはいかない話題にも触れておこうと思います。「レモンを食べたのに、まるで砂糖をかけたみたいに甘い!」
こんな不思議な体験をもたらしてくれるのが ミラクルフルーツ です。このフルーツには「ミラクリン」という特殊なタンパク質が含まれており、酸っぱいものを甘く感じさせる力があります。
ミラクルフルーツとは?
ミラクルフルーツは、西アフリカ原産の赤い小さな果実です。この果実自体はほんのり甘酸っぱい程度ですが、口に含んでしばらくすると、レモンや酢のような酸っぱいものが驚くほど甘く感じるようになります!
この現象の秘密は、ミラクルフルーツに含まれる 「ミラクリン」 というタンパク質にあります。
ミラクリンの仕組み—なぜ酸っぱいものが甘く感じるの?
僕たちの舌には 「甘味受容体」 というセンサーがあり、これが砂糖などの甘いものと結びつくことで「甘さ」を感じます。ミラクリンは、この甘味受容体に特殊な働きをすることで味の感じ方を変えてしまうのです。
ミラクリンの働き
ミラクリンは舌の甘味受容体に結合する。
ただし、この段階では特に甘さを感じることはありません。
酸っぱいものを食べると、口の中が酸性(pHが低い状態)になる。
すると、ミラクリンの形が変わり、甘味受容体を活性化!
結果として、酸っぱい味が甘く感じる!
レモンやお酢のような酸味の強いものでも、まるで砂糖を加えたかのような甘さになる。
💡 ポイント
・ミラクリンは 自分自身に甘味はない
・酸性の環境になることで 甘味受容体を活性化 し、甘く感じさせる
どんなものが甘く感じるの?
ミラクルフルーツを食べた後に甘く感じるのは、酸味のある食べ物 です。
✅ 甘く感じるもの
レモンやグレープフルーツ
ヨーグルト
酢(バルサミコ酢やリンゴ酢など)
トマト
いちご(甘みが強調される)
❌ 変化しないもの
もともと甘いもの(砂糖やチョコレート)
塩辛いもの(塩、しょうゆ)
苦いもの(ブラックコーヒー、ゴーヤ)
ミラクリンの注意点
1. 効果は一時的
ミラクリンの甘味変化の効果は 30分〜1時間ほど で消えます。その後は、再び酸っぱいものを食べると普通の酸味を感じるようになります。
2. 熱に弱い
ミラクリンは 熱に弱い ため、熱い飲み物や料理と一緒に摂ると、効果がすぐに失われてしまいます。
3. 酸っぱいものの食べすぎに注意!
ミラクルフルーツを食べた後は、酸っぱいものが甘く感じるため、レモンやお酢をつい食べ過ぎてしまうことがあります。しかし、実際の酸度は変わっていないため、胃に負担がかかる こともあるので要注意です。
なぜ消化管にも味覚受容体は存在するのか?
閑話休題。
消化管に味覚受容体が存在する理由は、「食べ物の味を感じる」こととは少し異なります。むしろ、栄養素の検知や毒物の回避、腸内環境の調節といった、体の健康を支える多面的な役割が隠されています。以下にその具体的な理由を解説します。
栄養素の検知と代謝調整
消化管の味覚受容体は、食べ物に含まれる栄養素を検知し、消化や代謝を最適化する役割を果たしています。
例えば、甘味受容体である T1R2/T1R3 は、小腸や膵臓に発現しており、糖質が腸に到達した際にそれを検知します。この情報をもとに、インスリンの分泌を促す消化管ホルモン GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)が分泌されます。これにより血糖値の調整が行われ、体が効率よくエネルギーを利用できるようになります。
また、うま味受容体(T1R1/T1R3)は、タンパク質の分解産物であるアミノ酸を検知し、腸の栄養吸収を促進します。このように、消化管の味覚受容体は、摂取した栄養素に応じてホルモンや消化液の分泌を調整し、全身の代謝をコントロールしているのです。
ここから先は
Amazonギフトカード5,000円分が当たる
いただいたサポートは、腸活ラボの運営や調査のために大切に使わせていただきます。