【創作 題名のない物語 第8話】帰路
冬から春、夏にかけて、二人は一緒に出かけたり、食事をしたり同じ時を重ねた。友達がどういう存在なのかは曖昧なままであったが、木元なりのルールとして「二人きりの空間は避ける」、「身体的な接触はしない」ことにしていた。
しかし、会う度に心が惹かれていくことを自覚していた。故郷に帰ることを諦め、このまま西野と生活していく選択肢もあるのではないか。そんな迷いを抱きながら、地元での就職活動を行うとき、天職という言葉の意味を考えていた。去年と今年と就職活動をして、地元企業に採用されないということは、天がそれを否定しているのかもしれない。叶わぬ願いなのかも知れない。
自分勝手な話になるけれど、西野が受け入れてくれるのなら、東京で暮らしていくことを真剣に考えるべきなのかも知れない。
三日後に故郷にあるワイナリーからの採用通知が来ることを知らない木元は、そんなことを考えながら、今日の待ち合わせ場所に向かった。
葛西臨海水族館から駅に歩きながら、西野が話し始める。
「唐突に感じるかも知れませんが、こうして一緒に過ごすのは、今日で終わりにしていただけますか。勝手と思うかも知れませんが………好きな人ができました。その人のために、木元さんとは逢わないようにしたいのです」
僕に拒否権はない。
けれど何だろう、この全身から力が抜けるような感覚は。こうして突然に世界の終わりが訪れるものなのだろうか。いや、多分、兆しはあったのだろう、西野さんはサインを送っていたのだろう。僕が気づかないせいで、辛い思いをさせたのかもしれない。
「わかりました。これからはlineもしない方が良いですよね」
「そういう素直なところを、私は思いやりと理解していますけど、普通の子ならガッカリするところですからね。これからは気をつけた方が良いと思いますよ」
また、彼女を傷つけたかも知れない。せめて、この後の時間は選択を間違えないようにしなくては、残り僅かな時間だとしても、少しでも楽しい時間を重ねておきたい。けれど彼女が好きな男性のことを考えると、一緒に居てはいけない気がする。
「夕食はどうします。予約してないので、食べずに解散しても大丈夫です」
西野から怒りのオーラが立ち上がる。
「ちゃんと話を聞いていますか、「今日で終わりに」と言いました。今日はまだ終わらないですよ。余裕で、晩御飯を食べる時間がありますよね」
「はい、申し訳ありません」
「罰として、夕食の場所は私が指定します。良いですね」
財布に現金は数万円しか無いけれど、僕に拒否権はない。
「もちろんです。どんな高い店でもエスコートさせていただきましょう」
「素直で何よりです。では、今夜はリストランテ・ウエストフィールドにします」
西野が少し前に行き、振り返りながら店を指定する。
「行ったことがない店ですね。フレンチ、それともイタリアンですか」
「ジャンルはこれから決めます。材料とお客様次第になりますから」
「無国籍料理という感じですか、珍しいですね」
「うーん、国籍は日本ですから、和食ベースかも知れません。決めるのはお客様です」
「何とも、不思議な店ですね。場所はどこになりますか」
「八丁堀です。このまま京葉線で行けます」
「八丁堀にそんな店がありましたか。全く知りませんでした。最近出来た店ですか」
笑いを堪えられなくなった、西野が噴き出す。
「最近も何も、リストランテ・ウエストフィールド。本日オープン、本日閉店です。一夜限りのレストラン、チーフシェフは私、スーシェフは木元さんになります」
ウエスト=西、フィールド=野ということですか。八丁堀ということは、僕の家ということですか。けど、それを確認したら怒られそうな気がする。
「では、チーフシェフ、仕入れに同行していただいてよろしいですか」
西野はお道化た、大きなリアクションで頷いた。