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【駄文】戊辰と会津とワインの話

(浅薄な知識と伝聞に基づく戯言です。茶飲み話程度にお読みください)

 私の大好きな「ふくしま逢瀬ワイナリー」がある地の字名は「郷士郷士」であり、明治初期に土佐藩の方が開拓した地とされています。
 そして、一般的には「葡萄を栽培してワインを醸す」ようになるのだと思いますが、このワイナリーでは、事情により
「自社としてワイン用の葡萄の木が無いのに施設建設が先行した。材料は県内産に拘りたい」
という不思議な経緯がありまして、施設を建設してから、農家さんに協力を依頼して、ワイン用の葡萄の木を栽培するという、通常ではありえない順番になってしまいました。ワインの木を植えても、葡萄の実が成るには最低3年が必要になります。
 ということで、当初は「ワイナリーは建設できたけど葡萄はない」という状況に陥りました。

 この危機を救ったのが、メルシャンさんです。主たる栽培地は山梨県になりますが、実は福島県会津地方におきましても、協力農家さんがワイン用の葡萄を栽培していたのです。このため、メルシャンさんから福島県産の葡萄をお譲りいただくことで、初年度にワインを醸造することができました(醸造できた数量は少なく、すぐに完売してしまいましたので、私も1本しか購入できませんでした。ある意味、幻のワインです)。

 そしてメルシャンさんの歴史を遡ると、明治期の「大藤松五郎(おおとうまつごろう)」さんが重要な役割を担うのですが、この方がワインの醸造について学んだのがカリフォルニアの「若松コロニー」とされています。会津若松から移民した方々が農場開拓などに取り組んでいた地になります。戊辰戦争における敗戦を受け、武士の身分でいることができなくなった方々が、新天地を求めて組織的に渡米した地になります。

 戊辰戦争で敗戦した会津藩の方々が、米国で開拓した地と御縁のあるメルシャンさんが、会津で育てた葡萄を、明治期に土佐藩が開拓した地で醸すということになりました。
 戊辰戦争の敗戦が、会津藩のカリフォルニア移民を生み、土佐藩の安積開拓(郡山市)を生み、時代を超えて、東日本大震災を超えて、1つのワインを生んだということになります。
 浪漫を感じます、物語を感じます。

 その後、郡山市を中心にワイン用の葡萄の栽培が進展し、生まれたのが「Vin de Ollage」という作品になります。このラベルの中心に「桜」をモチーフとしたデザインがあるのですが、実は「鍬」を丸く並べることで、桜を表現しています。この鍬というのは「安積開拓」の開拓者たちへのリスペクトであり、その開拓者たちが植えた開成山公園の桜へのオマージュとなっています。
葡萄の木が若すぎて、ワインとしての味はまだ成長期にあると感じますが、先人たちへの敬意と、郡山と会津、そしてワインの歴史と物語を感じながら味わえる、この「Vin de Ollage」は、市民として誇れる、地元の名品に思えるのです。
 こちらが、初年度のシードルと、ワインの写真になります。

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こちらが「Vin de Ollage」(中心が鍬のイラスト)です。

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 開成山公園の桜もどうぞ

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 なお、会津では「新鶴ワイナリー」も誕生し、東日本大震災からの復興の一翼を担っています。また、こちらの本をお読みいただくと、さらに深く「ふくしま逢瀬ワイナリー」のワインの味を楽しんでいただけると思います。黎明期ならではの、物語があります。


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福島太郎
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