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【創作】題名のない物語WSS 第6話

第6話 奇
 残業届が20時まで出ていたはずの木元が、18時15分頃にモゾモゾと動き出す。給湯室に行きカップを洗ってきた様子が見えた。もう帰るの、早すぎないと思いながら、自分の作業も終わらせ、PCをシャットダウンする(残務整理としては説明がつく時間で良かった)。コートと荷物は中村の席に置いてあるので、いつでも退社できる状況となる。
 コートを腕にした木元が近づいてくる。
「西野さん、僕はもう帰りますので、戸締りをお願いしてもよいですか」
「いえ、私も帰りますので、二人で戸締りをしましょう」
各電子機器の電源をオフにして、最後に事務室の機械警備を作動させる。

 木元に、塚原封じのことを確認しようと思っていたが、いきなり話題にするのも躊躇われた。そんな話をするほど、親しい間柄ではない。というか、話をしたのは、先刻が初めてなのかも知れない。エレベーターで呟くように話かける。
「お腹が空きましたね」
「そうですね」
って、そこはそうじゃないでしょう。最低でも「一緒に夕食をどうですか」じゃないんですか、「美味しいレストランを知っています」みたいなことは期待してないにしても、話が続かないじゃないですか。仕方がない、
「何か食べてから帰りますか」
木元が目を剥いて西野を見る。ジャングルで珍獣を見たハンターだってこんな表情はしないだろう。
「僕と西野さんが、一緒にご飯ですか」
他に誰がいるの。誰と誰が話をしているの。気が利くタイプとは思っていなかったけど、あまりの愚鈍さに、ちょっとイラっとするけど、表情には出さない。
「駄目ですか」
「とんでもないです。好き嫌いとか、駄目な分野とかはありますか」
「好き嫌いは無いので、居酒屋でも、どこでも良いです」
「じゃぁ、中華、有楽町でも大丈夫ですか」
「良いですよ。明日も仕事ですから、餃子は駄目ですね」
エレベーターが1階に到着する。
 何だか、木元の表情が浮かれてきたように見える。若くて可愛い女子と食事に行けるのだから、最初からそういう態度を示せばよいのに、どうしてこうも鈍いのかしら。しかし、何でも良いと言いましたが、もうちょい御洒落な店の選択肢はなかったのかしら。



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福島太郎@kindle作家
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