【創作】題名のない物語WSS 第5話
第5話 運
木元の出張は上手くいったようで、お土産の笹かまぼこが、経理にも御裾分けされてきた。
お茶請けに、真空パックのビニールを捲る。
「どうせ貰うなら萩の月よねぇ。三色最中でも良いけど、何で笹かまなの」
いやいや、中村さん、貰っておいて何を言うのですか。契約成立のお祝いを有難くいただきましょう。とは言えず
「木元さんらしいと言えば、木元さんらしいですねぇ」
「ほんと、変わっているんだから」
「そうですね」
今度は心から中村に同意する。そして、あの変な人に確かめたい気持ちがフツフツとしてきていた。塚原課長が沸騰した時に木元が水を差すのは、叱られている人を護るというよりも、塚原課長を護るために、行っているのではないか。わからないことをそのままにはしておけない性分である。木元さんに確かめたい。けど、わざわざ聞きにいくような話でもない。
端末に残業届のデータが流れて来る。木元は今日残業になるらしい、予定時間は20時まで。
「課長、残業ということでは無いのですが、整理したいデータがあるので、今日、少し残っても良いですか」
「仕事で遅くなるなら、残業届を出していいぞ。30分でも1時間でも業務は業務だ。営業の連中は自分達が稼いで社を支えているような気持ちらしいが、その舞台を支えているのは我々だから、遠慮せず残業していいぞ」
「そんなに時間をかけませんし、自分のための作業ですから、残業は無しでお願いします」
課長がにこやかな顔をする。うちの課長の言葉は額面どおり受け取ってはいけない。中村からも言われたことがあったが、確かにそうだと思う。口では優しいことを言うけれど、内心では上の方を見ている感じだった。それに比べると塚原は、よくも悪くも、部下のことをよく見ているし、部下を活かそうとしているように見えた。
残業ではないので、あまり遅くまでは職場に残れない。PCの稼働時間も管理されているから、残ったとしても18時半までにする。もし、その時間までに木元が帰るようであれば、自分も作業を終えて、帰りがけに尋ねてみよう。それ以上の時間になれば、木元を待たずに帰ろう。
そんなことを考えながら、業務を進めて定時を迎えた。