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【創作】題名のない物語WSS 第4話

第4話 護
 社会人1年目の季節は、慌ただしく過ぎていった。冬に入る頃には、すっかり仕事にも人間関係にも慣れて、友人とボーナスの使い道や年末年始の過ごし方などの話題で盛り上がることも多くなっていた。幸いにして、西野の会社では例年通りのボーナスが出る見込みである。経理状況から、経営状況が悪くないことを知ってはいたが、あらためて社内に通知が出たことで安堵する。
 塚原のサイレンが鳴り、視線を営業の方に向ける。見慣れない男性が立たされていた。どこかの営業所の人だろうか。
「あー、タイミングの悪い子ね。木元さんの居ない時に来るなんて」
中村が呟く。そう言えば、朝から木元の姿を見てないような気がした。視線を中村に向ける。
「木元さん、昨日から出張しているのよ」
遠目なのでハッキリはしないけど、かなり険悪なムードが漂っている気がする。西野は席を立ち、塚原の方へと向かった。
「塚原課長、ちょっとよろしいですか」
「西野君か、どうしたね」
塚原が温和な笑顔を見せる。何も考えずに声をかけてしまったけど、どうしようか。
「木元さん、今日まで出張ということですが、直帰ですか。職場に戻りますか」
「あぁ、そのことかい。まだ報告は無いけど、契約が取れたら帰社予定。急ぎ契約書を作成しなきゃならないからね。契約に至らない場合は直帰する予定。何か用事があった」
「急ぎの案件ではないので大丈夫です。後で確認させていただきます」
大丈夫、不自然な話では無かったはず。自分に言い聞かせながら自席に戻る。中村が何だか嬉しそうな顔をしている。
「やるじゃない、助けに入るなんて。カッコ良かったわよ。ただ、営業所の人間だからアプローチしても、恋に繋げるのは難しいと思うけど」
自称、「恋多き女」は、営業所の人間を助けるために西野が行ったと勘違いしたらしい。ここでそれを否定しても、却って尾鰭がついて話が広がることは、十分に学んでいる。
「そうですね、戦略を間違えたかもです」
曖昧に応えて仕事に戻る。確かに営業所の人間を「可愛そう」と感じた部分もあるけれど、むしろ「塚原課長を助けなくては」という想いの方が強かった。自分も最初は誤解したけれど、塚原課長は瞬間的に強く叱責をすることがあるけれど、部下想いで、部下を心配する余り、時に熱い感情が「叱責」になってしまうようにも見えた。そんな塚原課長を悪く言う人がいたり、塚原課長の真似をしたりして揶揄する人がいることにも理不尽さを感じていた。「塚原課長を護りたい」そんな気持ちがあったことに気づく。
 こういう感情を何と言うのだろう。もしかしたら木元さんも同じように塚原課長を護るために、行動しているのだろうか。そんな疑問が浮かんでは消えた。


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福島太郎@kindle作家
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