【創作 題名のない物語 第5話】岐路
「ところで、この間、食事をした日のことですけど」
思わせぶりな表情で、西野が話を変える。
「偶然、帰りが同じようなタイミングになったと考えていませんか。まぁ、偶然、同じ日に残業になり、偶然、同じようなタイミングで仕事を終えて、偶然、食事をともにした、というのも運命的な感じで面白いですけど、そうなるように頑張った子がいた。というのもいじらしいと思いませんか。ちょっとストーカーみたいな感じもしますが」
言い終えて、屈託なく笑う。木元は白旗を上げることを決めた。
「偶然にしても、必然にしても、この御縁を大事にさせてください」
「そうですね。大事なことは、これからどうしていくかですかね。今日は帰るにしても」
回答が間違いではなかったことに安堵する。
「いいわけ、するみたいで何ですが、石橋にかけて断るつもりなんて全然なくて、単純にこの美術館が好きなのです。ここに来ると安心するので、一緒にいても緊張しないでいられるかな、ということでの選択です」
「モネの絵を見ていると、故郷の風景を思い出す。特に、水辺の風景や風を感じる絵が好きで、時々来ている。という話は、さっき聞きましたから大丈夫ですよ。石橋の話は、木元さんが、このまま帰ろうと、意地悪を言うことに対するお返しです。美術館の次を考えてくれていなかったことに、ガッカリしたので、少し意地悪してみました」
意地悪といいつつも、怒っていない様子を見て「止まらなくては」という意識の壁が崩れていく。意地悪なんかしたくない、喜んで欲しい。
「今日の次をちゃんと考えて、後でlineします」
「わかりました。今日のところは、素直に帰ります」
納得した様子に、少し残念な気持ちが生まれる。
To be, or not to be, that is the question.
古い戯曲の台詞がよぎる。
あの主人公の選択は悲劇を生んだけれど、僕は間違えないで進むことができるのだろうか。もしかしたら、既に間違えた選択をしてしまったのではないか。
「ありがとうございます。そろそろ出ましょうか」
美術館を出るとイルミネーションが街を輝かせていた。
「送らなくて大丈夫です」
西野の言葉を受けて、木元は軽く頭を下げた後、この前と同じように、右手を軽く上げる。西野も軽く頭を下げると、クルリと背中を向け雑踏へと進む。
木元は軽くため息をついた。少し気が重い。が、まずは腹を満たすとしよう。気を取り直して、いつものラーメン屋に向かって足を進めた。