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【創作 題名のない物語 第7話】かけ橋

 仕事帰りに和食の店で待ち合わせをして、個室でゆっくりと食事と酒を楽しむ。デザートが来る前の時間を利用して、木元が自分の思いを西野に伝える。西野が少し顔をしかめる。
「少し整理させてください。まとめると、
1 来年度で退職して故郷に帰るつもりだから、それまでは誰とも交際したくない。
2 私には好意を抱いているけど、恋愛には進みたくない。
3 遠距離恋愛の結果、相手の人生を変えてしまうことは望まない。
この3点という感じでよろしいですか」
 大きくため息をついて、お猪口を口にする。頬がほんのり赤身を帯びている。怒ってはいないようであるが、目が座る。
「木元さんのおっしゃることはわかりました。我儘ですねぇ。
 念のため、1点確認させてください。
 今、付き合っている女性がいるとか、故郷に待たせている女性がいるとかではないですね」
 木元がうなずき、西野もうなずく。
「思わせぶりな態度で、誤解をさせてしまいましたが、私が木元さんを好きとか、お付き合いしたいとかは考えていないです、ごめんなさい。失礼な言い方かも知れませんけど、今まで周囲にいなかったタイプの男性なので興味がある、心理学的な意味での学術的興味という感じです。
 また、私も転職で悩んでいるので、木元さんの気持ちがわかるような気がします。今の職場が嫌とかではなく、もともと大学で児童福祉を学んでいましたので、その世界で働きたいという想いが消えないのです。両親が「福祉業界は厳しい」ことを懸念したことや、都内で希望する就職先に合格しなかったので、今の会社に入りました。けれど、自分の人生を考えると「これでいいのかな」という迷いがあります。福祉業界で働く友達の話を聞いて悔しくなることもあります。今の会社は自分でなくても回る。自分を生かせるのは福祉の世界では、と思うことがあります。
 なので、木元さんが自分の人生を歩みたい、家族のために力を尽くすために故郷に帰るという話を応援したい気持ちになります」
 再び、お猪口を口にする。木元が継ぎ足す。
「ただですねぇ、もったいないと思いませんか。好みとか価値観とかは、人それぞれですから、絶対的ではないと思いますが、私、自分のことを「割とイケてる」と考えています。「痛い女」かもですけど。
 その子が、アプローチをしている。「だが、断る」ということですか。
 もっと上手にあしらっても良いんじゃないですか。明日のことなんか、将来のことなんかは誰にもわからない世界です。だとしたら、今、この娘を恋人にして一緒に楽しく過ごす。そういう選択もありじゃないですか。邪魔になったら捨てればとか、そういう選択肢はないのですか。
 告白もしていないうちから、断るなんて惜しくはないですか。まぁ、そういうことができなそうだから、私も興味を抱いたとも言えますか。

 すいません。話を戻します。
 正直にお話ししていただき、ありがとうございました。
ということで、私と木元さんは、お互いに恋愛対象とか、恋人とかではなく、お友達ということですね。これからも友達として仲良くしてください。縁は大事にしてくれるのですよね」

 木元はよくわからないまま頷き、お猪口を口にする。ようやく日本酒の旨味が染みるような気がした。多分、これで良かったのだろう。


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