ビジョン提案型のサービス開発と顧客視点の活用
UXデザインの重要性が認知されるに従い、企業としても事業成長軸で目標やKPIを設定するのではなく、顧客視点でのサービス開発を重視する動きが半ば当たり前のようになってきています。これには、各組織のデザイン部門やデザインエージェンシーの働き掛けにより、顧客視点での開発が延いては事業貢献にも繋がることが実証され始め、経営陣もそのプロセスや考え方の導入に積極的になっている背景があるのだと思います。
顧客視点の取り入れとは?
顧客視点の取り入れは、サービス開発の上流から下流まで、UXデザインの概念としては価値層、行動層、操作層全てにおいて有効ですが、サービス立ち上げ時にフォーカスすると、大きく2つの有効パターンがあると考えます。
1つは市場の課題発見を裏付けとして、その課題を解決する機能開発によってニーズを満たし、事業成長を成し遂げる課題解決型のサービス開発においてです。これは顧客視点を取り入れることのメリットを比較的理解しやすいパターンだと思います。
もう1つは、課題・ニーズがまだ顕在化されていない市場にビジョンを投げ掛け、そのビジョンへの共感を呼び起こし新たなニーズを創造するビジョン提案型のサービス開発においてです。こちらはビジョン=事業者視点の先行する中でどう顧客視点を取り入れ活用するかにおいて知見と経験値が前者よりも必要になると思います。
ここでは、後者のビジョン提案型のサービス開発における顧客視点の活用方法ついて自分なりの知見を書きたいと思います。
ビジョン提案型のサービス開発
まず、そもそもビジョン提案型のサービスとは何かですが、これはクリエイションモデルとも呼ばれるサービスで、起業家やプロダクトオーナーの世の中を良くするという強い想いとテクノロジーの融合により生まれた、非連続な破壊的イノベーションのサービスであることが多く、顧客どころか市場や純競合もまだ存在しないところから始まるサービスです。(一方、前者の市場に顕在化された課題や競合が存在し、その解決策をより良い形で提示しニーズを満たすサービスを課題解決型やリプレイスモデルと呼びます。)
ビジョン提案型のサービスでは顧客や類似のサービスから想定される見込み顧客も曖昧なため、サービス立ち上げ時における顧客視点の持ち込み自体がサービスの方向性と相反していたり、メリットが感じられません。しかし、運用フェーズに入るとビジョンだけでサービス開発をするリスクはサービスの数字面と組織運営面において顕在化してしまいます。具体的にはユーザーニーズを捉えられないことによる数字の低迷、それによりビジョンを信じきれなくなった従業員の離職などです。
そうならないためには、顧客視点をビジョン提案型に合う形でサービスに持ち込むことが重要になります。これは、課題解決型のサービスそのものを規定するために顧客視点を持ち込む考え方ではなく、規定したサービスと親和性のある見込み顧客を規定し、どう自分たちのサービスに誘うかという導線設計や戦略を立てるために顧客視点を活用するという考え方です。
価値に誘う導線設計
ビジョン提案型のサービスであっても、操作層における顧客視点の活用が有効なことは想像しやすいと思います。イノベーティブな価値提案であっても、アウトプットがWebやアプリの場合は、使いやすさに関して既存の慣習に倣いユーザビリティテストなどを経て操作層の障害を無くすことが、価値の伝搬においてもベターだからです。
一方で価値層や行動層における顧客視点の取り入れは目的を間違えると課題解決型のアプローチになってしまい元も子もありません。サービスを完全にピボットさせるならアリですが、あくまで自分たちのビジョンをゴールとするなら、顧客視点の取り入れはそこへ誘うための価値層の伝搬や行動層の戦略として活用する必要があります。逆に事業視点でもこの考え方無くしては一向に見込み顧客とサービスの接点を見つけられず、自分たちのサービス価値を伝搬できない独りよがりな開発に陥ってしまいます。
では、顧客視点を活用した価値層の伝搬や行動層の戦略とは具体的にどんなものか、私が考える中では以下が大きくあります。
1. 価値層の伝搬:主機能が現在の市場目線で何が良いのか、どんな時にどう使えるものかの布教
2. 行動層の戦略:主機能に誘う導線機能や周辺機能開発
価値層の伝搬
ビジョンとして将来的に幅広い顧客層を想定するサービスであっても、サービスのローンチから爆発的に顧客が増えることは稀です。しかし、そんな中でもサービスの価値にいち早く気がつき、多少の不具合や機能の不完全さに目を瞑り、現在の市場に合った形でサービスを利用してくれるアーリーアダプターが現れます。
アーリーアダプターを調査・分析し、ローンチ前には自分たちも想定し得なかったサービスの価値や使い方を認識し、それを次の見込み顧客への訴求として伝えることで、サービスの市場浸透を促すことができます。
機能をただ提供するのではなく、どんな時にどう使えるものか価値とユースケースに噛み砕いた形で訴求することができるとアーリーアダプター以降の市場を捉えやすくなります。
行動層の戦略
また、アーリーアダプターを顧客目線で調査・分析することは訴求内容の定義だけでなく、市場浸透段階において次の見込み顧客に対し、何を次の機能として用意すれば捉えられるのかを定義することにも役立ちます。
サービスローンチ時には完全ではないサービス機能を、実際の顧客のユースケースに合わせ、実用に耐え得るものにするための周辺機能の定義、また、その周辺機能を利用し主機能に誘うことで、サービスの本来の価値に気付かせることができます。
まとめ
ビジョン提案型のサービスであっても、顧客視点の活用は戦略を立てる上で重要な要素として活用することができます。数字も信用できないサービスのローンチ前後で、ともすると全てが不確定になりがちなビジョン提案型のサービスにおける戦略立案において、唯一不動かつ指標としやすい要素です。これを活用することで、机上ではあっても筋の通った戦略によるチームのマインドセットの醸成と意思決定が行えるようになり、延いては数字を指標と出来る規模にまでサービスを成長させられると感じています。
また、顧客視点を行動層における戦略や導線設計として取り入れる考え方は、既存のUXデザインとブランディングを融合させることにも繋がると考えています。UXデザインを顧客主導の開発とだけ捉えると、ビジョンを強く持ったサービスと相容れず、成功機会を失うことになりかねませんが、ビジョンに対してどう見込み顧客を誘うかという視点でUXデザインや顧客視点を取り入れることで、ビジョン主導であってもサービスの成功確率を上げることに繋がると考えています。