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小じさん第一話「緑の小じさん」
街を歩いていたら、その一角に不自然な緑地区画を見つけた。しばらく人の手が入っていないようで、草木が茂るに任せられ、隣接する整地された区画をも侵食せんとその生気あふれる枝茎を伸ばしていた。
ふと、草木の間に動く影を見た。それは全身が緑色をした人の膝の高さほどの小人――いや、小さなおじさんだった。ほんとうのところ、それがおじさんである確証はなかったが、その雰囲気が僕にはおじさん以外の何ものにも思えなかった。のそのそとゆっくり、重なる雑草の葉をかきわけながらそれは歩いていた。まるで周囲の景色に擬態する小動物のように、その緑色の身体は目を凝らして見なければ茂る草木の中にすぐに見失いそうになった。
顔のパーツがなかった。
全身が緑色ののっぺらぼうの小さなおじさんを、僕は「小じさん」と呼ぶことにした。小じさんはふと、僕の方に顔を向けた。目がないから僕を見ているかどうかまではわからなかった。
「あけおめ!」
小じさんがそう言った気がした。口がないから、ほんとうに小じさんが言ったかどうかはわからなかった。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
僕は丁寧に挨拶した。
「堅苦しいな。あけおめでええんや、あけおめで」
小じさんが言った、ような気がした。
「あ、あけおめ。ことよろ」
僕は言い直した。
小じさんは満足したように――といっても、表情はわからない――頷いて、深い茂みの中へ姿を消した。
なんだったんだろう。僕は幻覚を見たのだろうか。いや、僕の頭ははっきりしている。頭がいかれてる人が、はたして自分の頭がいかれていると自覚できるかどうかは定かではない。が、たぶん僕の頭ははっきりしていて、小じさんは本当にいたのだ。小じさんとはまたどこかで会える気がした。根拠はないけれど、そう思った。
翌日、緑地区画は跡形もなく消えていた。そこには一軒家が建っていて、人が生活している様子があった。それはとても1日前から始まったという雰囲気ではなく、その建物に、その土地に、ある程度馴染んだ生活と思われた。
僕は首を傾げたが、すぐ、考えるのをやめた。新年早々、わけのわからないことに頭を悩ましたくなかった。頭を悩まさなければならないことは今年1年、まだたんまりとあるに違いないのだ。
小じさんとはまたどこかで会える。
その感覚に変わりはなかった。