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夜の蝶との出会い

2年前、とある論文執筆サークルで友達の手伝いをした。
最近までなかなか連絡が取れなくて、随分長らく一緒に飲みにも行けてなかった、あいつ。この間ようやく1年ぶりに顔を見ることが叶ったのだけれど、とにかくその子に誘われてセックスワーカーたちに焦点を当てた論文執筆のお手伝いさんを担当することになった。

当時から私は「性」という分野になんとなく興味を持っていた。私が性教育団体だの、LGBTQsの勉強イベントだのに参加してる姿を見て、彼女はありがたいことに声をかけてくれたのだ。実際私がすることといったら、友達が用意した論文を受講生(と呼ばれる執筆指導を受ける後輩)たちと一緒に、チームリーダーであるその子のご指導ご鞭撻を賜りながら、なんとな~く受講生たちの文章校正をするくらいだったけれど、それはそれは学術的に興味深い内容であったし、愉快な後輩たちと関わりをもてたし万々歳な日々だった。

「性」への好奇心は、後輩たちが論文発表を終えた後にも続いた。エロいってなんだ、世間が言う「正しい性」ってなんだ、性労働をする感覚ってどうなんだ、そもそも性はいつからそこにいたんだ、という様に。面白いものを教えてもらった気分だ。
いつか一緒にキャバ嬢のバイトやってみようよ、なんてあの子と話したりもした。性が消費される、という言説が一番付与されている現場を体験してみたかったのだ。でもその時付き合ってた人はそういうバイトを毛嫌いする人だったから諦めた。

けれど、昨年の夏、とうとうラウンジで働く体験ができたのだ。
「女らしさ」と「若さ」を売って、お金にする経験。なんて、コンプレックスばちばちのいい方しちゃうけど。当初、どうしてもそんな風に捉えてしまう自分がいたことを認めざるを得ない。

きっかけは大学一回生の頃から仲良しのともだち。結局一緒のシフトに入ることは片手で数えるほどではあったけど、お互い初めての夜職に向けて着飾った姿を「かわいいね」って言い合って穏やかなバイトができたのが嬉しかった。

私が働いたのはラウンジという接待飲食店形態を取る場所だ。ソープランドやピンサロといった「正に風俗」といったジャンルのものではない。キャバクラやガールズバー、スナックなんかが同ジャンルに挙がるようなお店だ。お仕事としては、お客さんと会話しながらお酒も作るといった感じ。キャバクラのように固定のお客様を持つ必要はないし、ノルマ売り上げとかペナルティとかもなくて、非常にゆるかった。特に私が働いた店舗はその土地では老舗に入ると言われていても、(所詮は)地方のラウンジって感じで全然厳しくない。東京のラウンジで働いているっていう知人の話と比較する限りではありますが….

さて、時はさかのぼり体験入店の日。
どんな服を着てけばいいのか、必要な仕事道具は何なのか、先輩達に受け入れてもらえるのか…不安は尽きないし、脇汗は滝のように留まることをしらないけれど、未知の世界へ一歩踏み込んでいるという感覚はひどく私を興奮させた。

ラウンジ体入経験してくるんだけど、この時間にいるちょっと他所向けな格好している人全員キャストさん的な職してるんじゃないかと勘繰ってしまう

2022/07/12 Twitterより

普段通らない道に通らない時間で歩くことでわっくわくな私の様子だ。別府に点在する数少ないキャッチのお兄さんやらお姉さんやらを横目にバイト先の店舗へと向かう。地下にある入り口に到達するためには、外にある階段を降りる必要がある。白くてふわふわで首元まで襟の詰まった色気もへったくれもないワンピースを着た私は、弱弱しいヒールの音を反響させながら店の前へと向かった。
地下道の途中には奇妙な鏡が1つ。

暗い色の扉を手前に引くと、そこには分かりやすく夜の世界が広がっていた。闇の中に浮かびあがるパールエアレーションに、キャストの誕生日を祝う大きな花輪。壁に掛けられたクリムトの複製絵画と、リゾート地が延々と流れ続けるスクリーン。これこれこれ!と心の中で私が騒ぎ立てる。
丈の短いドレスを着た20代後半ほどのお姉様は気だるげにスマホをいじり、50代ほどの目つきが悪い少しふくよかな女性がこちらを見ていた。そしてその横には、私をこのバイトに誘った張本人である友人が可愛らしい笑顔を浮かべながら立っていた。



バイトを始めたばかりの感想は「とにかく会話を続けるのが難しい」だった。お客さんへ話しかけることへの苦手意識は他のバイトでの経験で解消していたが、ラウンジという特殊な場で話題に挙がるトピックは今まで自分が避けてきたものばかりだったのである。
「彼氏はいるの?」「バージンなの?」「いくら払えばヤれるの?」
と、その領域でのお手本とも言える台詞をこの場での洗礼とも思わんばかりに浴びた。小学生が鼻水たらしながら叫ぶレベルの下ネタを連発するお客さんも対応した。もちろんそういった事態は働く前から想像が容易いものではあったけれど、正直なところ私は腹が決まっていなかったようだ。

幸いなことにラウンジで接客をするとき、1対1になる確率は稀である。シモ系の話に対して「どうなんでしょうね~(苦笑)」みたいな対応しかできない私に反して、横に座るお姉様方はまさに百戦錬磨の腕を見せてくれた。自分を卑下しすぎずにエロをネタに変換する力といったところだろうか。場の雰囲気を崩さずに、お客さんの気持ちを高揚させるかつ笑わせる技術がそこにはあった。

けれど、ラウンジでの仕事に慣れてきて、なんとなくお客さんの話に相槌を打ちながら笑うことや、差し入れで頂いたおいしい小料理屋さんのごはんに素直に喜びを見せることが日常になりつつあったある日。私は一気に頭が覚める思いをした。

今になってラウンジの仕事してるの気持ち悪くなってきた、というかその時の私が気持ち悪くなってたかも帰省して距離とって正解かもな己の価値を変に曲解せずに冷静に仕事できるかも
(仕事自体が悪いのではなく私の問題)

2022/08/22

必要以上にお客さんに馴染もうとする感じみたいのが自分の中に出始めてるなと思って気持ち悪くなっただけ~

2022/08/22

1週間ほど実家への帰省を理由にお休みをもらったときのことだった。人は環境に影響されながら生きていくし、それは間違っていることでも何でもないのだけれど、明らかに以前の私も、今の私も全肯定できない自分が構築されている感覚がした。
お酒を飲んで好きな話を好きな人と語らう、という私の中のセーフゾーンを自ら壊してしまった感覚。「その場限りに話を合わせて場の雰囲気を保つ」ということを超えて、自我そのものを捻じ曲げて周りに適応しようとしていた自分に嫌悪感がした。それはきっと以前から続けているバイトよりも、相手側が高いお金をかけてここに来ているという認識が強くなりすぎた故の結果だったかもしれない。

それからのバイトが息の詰まるものだったかというと、そういう訳でもなかったと思う。「バイトの子は若くて綺麗ってだけでお客を引き寄せるんだから、無理にがんばらなくていいのよ」と帰りの車で声をかけてくれるおばさまや、私がボディタッチ多めなお客さんと1対1で話さなければいけなかったのを見かねたお姉様が「あの人けっこうグイグイ来るけど変な事されてない?大丈夫だった?」と心配してくれたことが、すごく温かった。
勿論、彼女たちには自分たちの仕事に誇りもあって、「経験を積んだ私たちみたいな(正規に働く人たち)が、お客さんを繋ぎとめているから」と語りかけてくる場面もあった。
確かにラウンジが性消費の場であることに違いはないのかもしれないけれど、そもそも他者性の魅力に引きずられない接客業など滅多にお目に罹れないだろうし、「性」に近いからと忌避されるべき職はやっぱり存在しないんじゃないかと強く感じた。そこで働く人たちは、自分たちの能力として技術を粛々と研ぎ澄ましていて、それは絶対に誰かの苦しみを少しでも減らしたり、掛け替えのない記憶に貢献していると思う。だからこそ、そんな(職を持つ)立場を求めてきた社会が彼らを保護する必要があるように思えた。

ラストラウンジ出勤完了!!!
優しいお姉様方からおつかれさまLINE直接頂けたり、最後に優しいお坊さんの方と3人のお姉様と共にアフター行っておいしい沖縄料理食べれたりして幸せであった!!!!

2022/10/01

私の3ヵ月弱の旅は、この日に終わりを迎えた。「社会人として働く前に経験したい」と思い始めたこの日々は、きっといつかどこかで私の力になってくれると信じている。

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