世界ってこんなにも優しいんだ #3

闇に飲まれていく。
抜け出そうとしても、もがいても、もっと苦しくなるばかりだ。

ポジティブになんて考えられない。
一気に世界の色がなくなったみたい。

「新卒」というスタートラインに並び、一勢に走り出す予定だった。
そのつもりで、3年次に早期内定後をもらってからは、卒論に全てを捧げてきた。
それが、どうして。

わたしは、失敗してしまったのだろうか。

何がいけなかった?
がんばりすぎって言われても、みんなやってる。
同じくらい、がんばってたじゃないか。
睡眠時間を削るのなんてあたりまえで、寝るくらいなら研究を進めた方がいいと思っていたし、そもそもレポートを完成させるには寝るヒマなんかなかった。
休日はバイトに勤しむか、サークル活動に励むかの2択。
1日休みなんて、ほぼ存在しない4年間を過ごしてきた。

それが急に、できなくなった。
卒業展示の準備も、ろくにこなせない。
せっかく賞ももらったのに、ほとんど周りに任せている。

行かなきゃ。
行けない。

立たなきゃ。
立てない。

起きなきゃ。
起きれない。

なにもかも、思い通りにいかない。
体が、自分のものではなくなったみたいだ。
頭がおかしくなりそうだ。

叫びたい。
何を?

逃げたい。
何から?

どんどん追い詰められていく。
視界が狭まり、わたしはわたしを苦しめる。

周りに迷惑しかかけていないわたしは、生きている価値があるのか?
ひとりで大学に通うことすらできないわたしは、賞なんてもらっていいのか?

そもそも、こうして休んでいれば、回復するのか?
眠れない。
起きれない。
動けない。
気持ち悪い。
頭が痛い。
お腹が痛い。
動悸がする。
めまいがする。
たちくらみがする。

薬を大量に飲んでいるのに、それでも全く良くなる気配がない。
どんどんひどくなっている気がする。

将来のことを考えないといけないのに、何も考えられない。
頭が正常に働かない。
怖い。
どうしよう。

わたしは、わたしは、何を選べばいい?
無理を通して、内定先に就職しないと、生活できないんじゃないか?
いや、今無理なんかしたら、もっとひどくなって将来的にはむしろマイナスなんじゃないか?
じゃあ、どうやって生活するの?
そんなのわからないよ。

ひとりでずっと会話してる。
答えのない問いに、どんどん息が詰まっていく。
呼吸がうまくできない。
涙も出ない。
絶望しかない。

それでも、時はわたしなんかのために待ってくれるわけはない。
ひとまず内定先にはいまの状況を相談し、どうするかはギリギリまで待つと言ってもらった。
とにかく今は休んで、できれば入社してほしい、一緒に働きたいと、人事の方が親身になって面談もしてもらっていた。

そして迎えた卒業展示。
身も心もすでにボロボロになったわたしは、何度もシフトを休み、代わりに友人に出てもらう、というかたちでなんとか生きてはいた。
生きた心地はしていなかったけど。
こんなにも迷惑をかけて、いる意味なんてないと、ずっと思っていた。
心優しい友人は、心から心配してくれ、こちらのことは気にしないで、無理しないでと言ってくれる。
その優しさが、受け取れなかった。
こんなわたしに優しくしないで。
もっと蔑んで。
罵って。
迷惑だと叫んで。
非難して。

その方がマシだと思っていた。
優しくされればされるほど、自分はなんて迷惑な人間なんだろうと思い知らされるから。
優しくされる価値なんてないと、思い知らされるから。
とてもじゃないけど、人の優しさを素直に受け取る余裕なんて、なかった。

だけどわたしはピエロだから。
よほど体調が回復しないとき以外は、大丈夫と言って、ありがとうと言って、ごまかしつづけた。
ここにいるべきじゃないと思いながら、わたしの居場所はここしかないとすがりつく。
馬鹿みたいだ、矛盾してると自分でも思うけど、居場所がなくなるのは耐えられないから、「こんなことになってしまって不安はあるけど、まあなんとかなるでしょう」というスタンスをもって、前を向いて生きているように見せていた。
それは、周りに対してもそうだし、自分に言い聞かせるものとしても有効だった。
実際、焦りと不安と恐怖で死にたくなることもあれば、パートとか嘱託職員とかなら仕事も見つかるだろうという楽観的な考えに支配され、狂ったように求人情報を見ている時間も多かった。

そんなこんなで卒業展示も終わり、卒業式までしばらく友人とも会わず、ひたすら己と向き合う日々が続いた。

その間、耳鼻科にも行き、心療内科にも予約をし、症状にあった薬を処方され、わたしが体に入れる錠剤は増えていくばかりで、症状が落ち着くことはなかった。
友人との会話もなく、ひたすら負の感情がわたしを襲い、求人情報に手を伸ばしつづける。
ハローワークにも通い、事情を説明すると、体に負担がないように働ける場所はないか、面談しながらさまざまな求人を案内される。
とはいえ、まだまだ安定していなかったため、さすがにすぐに就活をはじめる、というわけにもいかず、やることがなかった。
ただひたすら、悩み、自責し、スマートフォンを眺めるだけ。

そんな数週間を過ごしていたとき、電話が鳴った。
大学からだ。
そういえば、あと1週間で卒業式だな、と思いながら電話に出ると、予想外の言葉が耳に入った。

「卒業式のリハーサルの件なんですけど、この日程、来られますか?」

は?なんのこと?
まったく意味がわからず、思ったことをそのまま口に出す。
「え、なんのことでしょうか…?リハーサルって…?」

すると、向こうもわたしの反応が予想外だったのだろう。少し狼狽している気配を感じた。
「えっと、事前に聞いてないですかね…?卒業式では、証書を受け取る代表が、それぞれの学科の成績トップ者でして、あなたはそれで卒業生代表になってるので、リハーサルに来られるかどうかの確認の電話ってことなんですけど」
事前にメールもしました、と言われ、慌ててメールを開くと、たしかに「卒業式のリハーサルについて」というメールが届いていた。

全く気づかなかった。
というか、話から察するに、ふつうは学科担当の事務からもっと前の段階で「あなたは卒業生代表に選ばれましたよ」というお知らせが来るはずだったらしい。
しかし、わたしの学科担当の事務はそれを伝えるのを忘れていたようで、青天の霹靂となってしまった、ということだった。

電話口から、とにかくリハーサルに出られるか出られないかだけ早く返事をしてくれという圧を感じ、とりあえず「はい」と大人しく従うことにした。
「ありがとうございます。再度メールをお送りしますが、当日はよろしくお願いいたします」
そうして電話が切れ、じわじわと自分が置かれている状況の整理がついていった。

え、わたし、前に出なきゃいけないの?
いまの状態のわたしは、そもそも人前に立っていいような、証書をもらってピースできるようなメンタルではないんですけど。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
でも出るって言っちゃった。
もう断れない。
最悪だ。もっといろんな授業の手を抜けばよかった。
というか、手を抜いてれば、そもそも身体壊したりなんかしなかったのでは???

もう、なんでこんなことになっちゃったんだよ!
わたしはもう、大学での輝かしい功績なんかどうでもいいんだ。
とにかく、少しでも早く身体を元に戻し、内定先に就職するか、あるいは別の道を歩まなければならないのに。
こんなことで、いちいち喜んでなどいられない。
そもそも、なんでわたしの学科の担当者はもっと前に教えてくれなかったんだ。
もっと前に言われていたら、もう少し心の余裕があったかもしれないのに。
そういう意味でも、運が悪すぎる。

いま思えば、もっと喜べよと言いたくなるけれど、当時のわたしからしたら本当にこんなことはどうでもよくて、心をかき乱されたことに対して若干怒っていた。
それに、やっぱり人前に立ちたくない気持ちが強かった。
それでも、「嫌です」なんて言う勇気なんかないから、引き受けてしまった。
幸い、卒業生代表の挨拶は当番制で、わたしの学科の年ではなかったので、本当にそこはよかったといまでも思っている。
多分、というか、ほぼほぼ100%、先生たちの言葉から察するに、単純な成績だけで言ったら学年トップだっただろうから、もし当番制ではなく、成績で決められていたら、白羽の矢が立つところだった。
あっぶな。証書を受け取るのですら嫌なのに、式辞なんか絶対読みたくないわ。

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