世界ってこんなにも優しいんだ #4
そして迎えた卒業式当日。
あまり眠れないまま、早朝に飛び起き、支度をする。
今日をもって、いよいよ「学生」ではなくなってしまうのか。
そのあとのわたしは、何になるんだろう?
「社会人」になれるのかな?
そんな思いを密かに抱いてはいたものの、「久しぶりに友人に会える」という喜びや、袴を着られるというワクワク感の方が大きかったので、わりとテンションは高かった。
わたし、和服にはわりと自信があるんでね。
なんせ薄顔だから。
とかなんとか言いながら、母が運転する車からおり、美容室へ。
すぐに受付を済ませると、早速同じ学科の子と遭遇した。
「わー!久しぶりー!」
どちらからともなく、再会を喜び、向かい合って手をつなぎ合わせる。
その子には、なんの情報も言っていなかったので、とても軽い気持ちでおしゃべりができた。
「公務員だもんね!どう?研修とか」
わたしから「仕事」の話を切り出すなんて、多分母が見たらびっくりするだろう。
でも、何も知らないであろうその子相手だからこそ、変な話なんの気負いもなくその話題をあげられたというか。
同じゼミの友人、あるいは倒れたことを知っている子に対しては、こんな軽妙なトークはできない。
心配した目をしてくることが多いから、気を遣わせないように、慎重に言葉を選ぶほかない。
でも、この子は「神ポジションのわたし」しか知らない、交流が比較的少なく、かつ2年次までは仲が良かった子で、竹を割ったような性格だったから、もしかしたらこの当時はいちばん話しやすい相手だったのかもしれない。
いまは全く何をしているのかわからないし、連絡もとっていないけど、元気かな。
人によって態度が変わることもなく、ほぼ一定のテンションで、誰に対しても平等に振る舞えるような、性格イケメンちゃん。
みーんなあの子のこと、すきだったなあ。
もちろんわたしも、すきだったし、なんならいまもすきな気持ちは残っている。
どうか元気で暮らしていてほしい。
……っと、話を卒業式に戻すと。
その子とワイワイ話していたら、ふたりとも名前が呼ばれ、そのまま着付けに入った。
狭い和室で、ふたりの女性から次々と布を着せられ、あっという間に袴姿になった。
「かわいい〜!」
「この袴は自分で選んだの?」
「自分に似合うもの、よくわかってるわね〜」
「本当に似合ってる!和服美人ね〜」
矢継ぎ早に褒められ、照れる暇もなく大御所のような、人一倍オーラのある老齢の女性が現れた。
彼女はわたしの後ろに立ち、それまで着付けをしてくれていた方が「先生、お願いします」と声をかけた。
「この先生はね、本当に帯の結び方の技術がすごいの」
先ほどまで着付けをしてくれた女性が、まるで秘密を共有してくれた少女のようにはにかんで、わたしの耳元でささやく。
「照れるじゃない、そんな」と、″先生″が微笑み、驚くほど滑らかな手つきで、素早く帯を結んでいく。
振袖のときとは異なり、至ってシンプルではあるものの、さりげないかわいらしさのある結び目に、わたしは目を瞬かせる。
袴の上に、蝶が止まったみたいな、可憐な結び目。
「かわいい……」
自然と声が漏れる。
″先生″はにっこりと微笑み、「楽しんできてね」と言いながら次のこの元へ去った。
なんて美しい人。
そう思った。
着替えがおわったら、すぐにヘアメイクの時間。
「こんにちはー!って!え!めっちゃかわいい!」
開口早々、褒められた。
とっても気さくそうな初対面のお姉さんに、どストレートに褒められるとさすがに照れる。
そして声が大きいから何人かに振り返られたし。
「よろしくお願いします」
恥ずかしさを堪え、頭を下げて椅子に腰掛ける。
「今日はよろしくねー!さっきも言ったけど、ほんっとうにめっちゃ似合ってるね!かわいすぎる!」
ずーっと褒めてくるじゃんこの人。
ありがとうございます、と小さくこたえると、早速髪からセットしていきましょうと言われた。
「なりたいイメージとか、写真とかある?」
そう聞かれ、スマホの画面を彼女に見せる。
「こういう感じにしたくて、アクセサリーとかは一通り揃えたんですけど」
「え、絶対似合うじゃん!ちなみにこれ、全部新しく揃えたの?」
うれしい質問だった。
「いえ、実はこのメインのリボンだけは、母が成人式につけたものなんです」
すると、美容師さんはえー!と声を上げた。
「素敵だね、この髪飾り……最近そういう親思いの優しい子増えてるよね〜。あなた以外にも、何人かお母さんのものをつけてたり、着物を着てたりしてるもん」
優しいかどうかはわからないけど、母のアクセサリーを褒められたのは素直にうれしかった。
そのあとは、とにかく褒められまくりながら、身を任せていた。
途中、就職先について聞かれたけど、他人だからなんの怖さもなく、当然のように嘘をついてごまかせた。
「小売店で働く」と。
ヘアセットが完了すると、一旦お手洗いへ向かった。
途中でほかのスタッフさんからも「かわいい」と褒められ、今日何度目かわからない照れ笑いを見せて用をすませる。
そして担当美容師さんの元へ戻ると、いよいよメイクがはじまった。
…と思いきや、いきなり隣の美容師さんに話しかけ「うちの担当してる子、めっちゃかわいくない!?」と褒めまくるという謎の行動を見せられた。
え、さすがにそれは恥ずかしすぎますって。
褒めすぎなのよさっきから。
気まずさから顔をあげられない。
気を使われたのか、話しかけられた美容師さんもあまりこちらを見ようとはせず、爽やかに「素敵ですね」という言葉だけ送ってくれた。
すまない、うちの担当が……
全員に対してずーっとそうなのか、それとも単純にわたしの容姿が好みだったのかよくわからないけど、褒め100%の滝のようなシャワーを浴びつづけ、いよいよメイクも完成した。
「はい!お待たせしました!終了!」
立ち上がり、お礼を言うと、また周りのスタッフさんを捕まえて「うちの子かわいい」と自慢げに語る美容師さんを見て、さすがに笑いが止まらなくなってしまった。
ここまで褒められたこと一度もないです。
完敗です、お姉さん。
というか、職場の雰囲気素敵ですね。みんな乗ってくれてる。
そんな思いを胸に出発しようとすると、最後にとんでもない爆弾を投げつけられた。
「今まで担当した中でトップクラスに袴も髪もメイクも似合ってるよ!就職じゃなくて、モデル目指せばよかったのに!それじゃあ、卒業式楽しんでね!」
・
嵐のようなお姉さんだったな……
いや、悪い気はしないんだけど、ここまで大袈裟な言葉ばかりかけられると、笑うしかなくなってしまう。
母の車が目の前に着き、乗り込む。
「え〜!かわいい〜!!!」
え、あなたも???
母が結構異様なテンションで褒めてきた。
「本当似合いすぎ!ぜっっったい写真撮らせてね!!!」
う、うん……と若干引き気味にこたえつつ、先ほどまでのおもしろ素敵美容師さんの話をすると、笑いながら母は頷いた。
「それくらい褒めたくなるほど似合っているからね」
「ありがとう」
ここは素直に受け取っておこう。
実際、袴とヘアメイクのかわいさは見事なものだったし、褒められて嫌な気持ちになる精神状態でもなかったので、そんなに似合ってるんだ〜と思えた。
大学に着くと、早速先ほど美容室で一緒だった子や、同じゼミの友人たちと出会う。
みんなで「かわいい」「似合ってる」と褒め合い、写真を撮り合う。
ここで、とくに自分の褒められターンが異常に長く、具体的だったことや、みんなの驚きの表情をみて、美容師さんのテンションがあんなにも上がっていたのも、あながちおかしくはないことがわかった。
とはいえ、なんでここまで好評なんだ。
わたし、洋服似合ってない説ある?
あとは、大学時代はノーメイクを貫いてきたのもあってか、メイク姿が新鮮だったのもあるかもしれない。
日焼け止めを塗ること以外何もせず、髪も基本的に下ろしっぱなしか、ひとつに括るだけだったし、Before Afterの差が大きかったのだろう。
先生たちからも褒められ驚かれ、普段のわたしはそんなに地味で華がなかったんかいとツッコミながら笑顔で受け流す。
・
式が始まる15分前、友人たちと離れひとりステージの前に座っていた。
あーあ、友だちと一緒に座っていたかったな。
学科代表になったから、わたしは前に座って証書を受け取らないといけない、と遠慮がちに話を切り出すと、周りの反応は意外だった。
全然驚いていなかったのだ。みんなにとっても、わりと納得の結果だったのかもしれない。
とはいえ、微妙に悔しがっている人もいたけど。
ふっ、ざまあないな。わたしへの嫌がらせは無駄でしかなかったし、わたしは実力でこの座を勝ち取ったんだ。
なんなら、袴姿ですらわたしより褒められていなかったねえ、というか、輪に入れていなかったねえ!残念でした〜!
密かにほくそ笑み、心底性格の悪いやつと今日でお別れできる喜びを胸に、「学科代表」の席へついた。
いや、待てよ。この場合性格悪いのってわたしもじゃない?と思ったのは、秘密。
それくらい嫌なことをされてきたから、心のなかでちょっと悪いことを思うくらいは許してほしい。