二人目をためらう理由
私は今年で34歳になる。
人それぞれ出産に関する考え方は違うだろうけど、私にとっては35歳がボーダーラインである。
単刀直入にいうと、二人目をどうするか決心がつかない。
愛らしさの塊みたいな息子がいて、もうひとり同じように子どもがいたらどんなに可愛いだろうと思う日もあれば、元々子どもの遊びに付き合うのが苦手な性分なのでとんでもないとぞっとする日もある。
もう一度、あの頼りなく儚い赤ちゃんを抱いてみたい。
今度はもっと余裕を持って、楽しんで育児がしたい。
いやいや、せっかく長男が3歳になってようやく落ち着いてきたのにまーた振り出しに戻るなんてまっぴらごめん!つわり、出産、産後、私をグッと老けさせてくれたあの人権もクソもない失われた3年をまた好き好んでやるのか。
夫は「ふたりくらいはおった方がええな」と言う。
私もそう思う。
だけど彼は全然わかってないんだ。
「でもなぁ、また【私】がなくなる」
「そうやなぁ、、」と夫は言った。
なくならないように俺が努力する、という答えを望むのはワガママか。
私が二人目をためらう本当の理由は、不平等感だ。
母親だけが子育てのしんどさを背負うなら、私はもう子どもはいらない。
怖いからしたくないと一度もしたことがない爪切り。
母乳育児にかまけて夜泣きに関わらなかったこと。
知ろうともしなかった予防接種。
見学や煩雑な手続きや保育園のすべてに目を背けてきたこと。
熱を出そうが、俺には関係のないことと100%私が欠勤してきたこと。
衣服の名前の記入や、管理。
母親にしかできないことなど、物理的に母乳を出すことしかない。
育児をしてないわけじゃない。
子煩悩で、息子を愛していると思う。
でも【いいとこどり】の育児は夫婦間の軋轢を生む。
おそらく夫は自分ではめちゃめちゃいい父親だと思っているだろう。
家事もするし、育児もする。
でも、家事も育児も泥臭くて誰にも評価されない小さな名前もない事象の連続なのだ。休みの日に公園に連れ出すことが育児ではない。
子どもを産むのは私にしかできない。
後悔しても子どもを産むにはリミットがある。
でも、やっぱり私だけがしんどい思いをするのは違う。
ほんとうに彼が当事者意識を持たない限り、私は産まない。
これが私の結論。
でもほんとうは、息子に似た赤ちゃんがほしい。
あのミルクの匂いのする赤ちゃんをもう一度抱っこしたい。
ほんとうの意味で、夫と一緒に子育てがしたい。
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