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【3分で読める】「一途/KingGnu」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【呪術廻戦】
【あらすじ】
あいつは死んだ。その事実を、未だに消化しきれずにいた。
誰よりもしぶとくて、誰よりも強い奴だった。ジジイになってもヘラヘラ笑っているような奴だと思っていた。しかし、所詮あいつも人間だったってことなのだろう。
まだ謝れていないことが沢山あるんだ。
借りたままの漫画も返せていないし、
旅行に行くって約束も果たせてないだろう?
またもう一度、会いたい。
でももうあいつは、ここにはいない。
スーツ屋に来るのなんて、大学卒業の時以来だ。
目標にしていた広告代理店に内定が決まった俺は、当時の自分のバイト代では考えられないほどの高級なスーツを購入した。今思えば、相当浮き足立っていたのだと思う。
今ではそのスーツも、押し入れの奥の方に眠っている。
リモートワークで会社に出社する必要がなくなったため、わざわざスーツを着るのは、新年会や忘年会のときぐらいだ。
「冠婚葬祭にも着ていけるように」と、比較的フォーマルっぽい黒を基調としたスーツを選んだ。それをクリーニングに出して着てもよいのかもしれないが、どうしてもそんな気分にはなれない。
「ご試着いかがですか?よかったらサイズも調整しますから、遠慮なく声をかけてくださいね」
感じのいい店員の女性が、声をかけてくる。俺は軽く会釈を返してその場を離れようとするが、彼女はついてくる。
「どんなスーツをお探しですか?」
「あ、えっと、ブラックスーツを探していて」
一瞬、店員の顔の笑顔がひきつる。
いや、そういう風に見えただけなのかもしれない。
「フォーマルなブラックスーツでしたら、こちらのコーナーにございます」
そう案内した後、彼女は俺から離れていった。
葬式に来て行くスーツなんて、選び方がわからない。
あいつの結婚式に参列する時は、カラフルで派手なスーツを着て、ふざけてやろうかと考えたこともあった。葬式でそれをしたところで、笑ってくれる人はいない。
スマホでブラウザを開き、検索窓をタップする。「葬式」というキーワードを入力すると、入力候補の欄に「葬式 スーツ」と表示された。
俺以外にも、沢山の人間が、こうして葬式の為のスーツを買おうとしている。この瞬間にも誰かにとって大切な、誰かが失われている。
目頭が熱くなり、鼓動がはやくなる。
最後にもう一度だけで良いから、あいつと話がしたかった。
喧嘩したまま別れるだなんて、誰が想像できるものか。
謝りたい。一言お礼が言いたい。
いつでも会えるからと、連絡を取ろうとしなかった自分を殺してやりたい。そんな反省にも、もはや意味はない。
俺はサイズも、値段も確認せずに、適当な一着を手に取る。
そしてまっすぐにレジへと足を進めた。
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