「面倒くさい」に正面から向き合う
『四次元温泉日記』は、「面倒くさい」に正面から向き合う本である。
温泉に興味もなかった著者が、迷路みたいな温泉旅館なら興味を持てると思い、日本全国の温泉宿をめぐる旅をする話だ。
ひょんなことから、なぜかおじさん3人旅となり、そんなスタイルも可笑しいのだけど、旅の中でたどりついた答えのひとつが「温泉は何もしなくていい」というものだ。つまり温泉旅行は、面倒くさい人に適した旅行なのである。
面倒くさい。言い換えるとそれは、何もしたくない、何も考えたくないという欲求だろう。人間は何もしたくないと思うからこそ機械化を進め、何も考えたくないと思うからこそ仕事をマニュアル化し、面倒くさいという欲求にしたがって進化してきたのである。その人類の大きな目的達成を祝うのが、温泉なのであろう。なるほど、そう思うと、両親に温泉旅行をプレゼント、とかもわかる気がしてくる。
ということで著者の宮田珠己氏は、何もしない道まっしぐら‥‥かと言えば、そんなこともなく、じっとしていられずに迷路旅館を探検しまくっている。このあたりの矛盾が、この人のおもしろいところだ。
この本の冒頭で著者は、人間ドラマを排除し空間や風景だけを書いたボオの作品に感動し、自分もこの方向で行こうと決める。人間ドラマ方向に引っ張られがちな世の中に対してのアンチテーゼとして痛快だ。
で、温泉地での人とのふれあいには注目せず、温泉宿の迷路的空間について書き記していくのだけど、その過程で「どうしても〜をしてしまう」とか、「どうしても~を思ってしまう」などの反応により、その人の人間像が立ち上がってくる。
つまり、宮田さんは人間を描くことを否定しているのではなくて、安易な人間ドラマから距離を置くことで、人間の別の感覚を浮かび上がらせようとしているのだろう。だから、この本は「迷路なんて興味がない」という読者でも、おもしろく読める。その人の感覚に忠実な文章は、おもしろいのだ。
面倒くさいことは避けても、面倒くさいという思う気持ちからは目を逸らさないこと。そうすることで、より人間の味わいが増すのである。
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