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オー・ブラザー!〜ブルーズやカントリーが育まれた南部の音風景をとらえた傑作

『オー・ブラザー!』(O Brother, Where Art Thou?/2000年)

2枚目スター俳優として知られていたジョージ・クルーニーは、新しい映画の出演企画が持ち込まれると、それがコーエン兄弟のものだと知って、脚本も読まずに役に飛びついた。読んでみると笑い転げてしまった。

ヒステリックなまでにおかしな話だし、とても知的だ。「俺はなんてラッキーなんだ」と思ったよ。(ジョージ・クルーニー)

『オー・ブラザー!』パンフレットより

そして、コーエン兄弟の常連俳優ジョン・タトゥーロ。

あの兄弟の企画なら僕は何でも引き受けるよ。主演だろうがワンシーンだけだろうがね。(ジョン・タトゥーロ)

『オー・ブラザー!』パンフレットより

ティム・ブレイク・ネルソンの場合、最初は出演依頼はなく、ただ脚本を渡されてアドバイスが欲しいと言われただけだった。そして自分に役が付いていることを知らされるとびっくりした。

僕みたいな無名の俳優にこんな大きな役をやらせるなんて!!

『オー・ブラザー!』パンフレットより

『バートン・フィンク』『ファーゴ』などで、熱い注目を集めていたジョエル&イーサン・コーエン兄弟。北部生まれの彼らは、南部のことなど正直言って詳しくは知らなかったそうだが、長いロケハンの旅を重ねながら、心に風景を描いていった。そしてミシシッピ州ジャクソンヴィル周辺で、理想の絵が出来上がったのだ。

『オー・ブラザー!』(O Brother, Where Art Thou?/2000年)は、1930年代のアメリカ南部を舞台にしたロードムービー。原案は、古代ギリシャの吟遊詩人ホメロスの『オデュッセイア』で、最古の叙事詩と言われている冒険物語。

日本公開時の映画チラシ

物語中、二人の実在した人物が登場する。一人は銀行強盗で有名なジョージ・ネルソン。

土地を地主から借りていたり、借金の担保にしていた農民たちは、銀行にすべてを取られて路頭に迷っていた。スタインベックの小説『怒りの葡萄』や映画『俺たちに明日はない』などで描かれた大不況のアメリカ1930年代。銀行強盗はヒーローのように“活躍”した。

もう一人は、十字路でヒッチハイクするトミー・ジョンソン。

「悪魔に魂を売ったんだ」と言ってギター片手に車に乗り込む姿に、思わずニヤッとした音楽ファンも少なくない。あのロバート・ジョンソンで有名になったブルーズの伝説は、実はこのトミー・ジョンソンが最初なのだ。

1930年代、アメリカ南部ミシシッピ州。強制労働を強いられている囚人たち。そんな中、綿花畑を鎖で繋がれた足で逃げて来る、囚人服を着たままの3人組の男たち。

ポマードなくして生きられない口達者なエヴェレット(ジョージ・クルーニー)、文句ばかり言っているピート(ジョン・タトゥーロ)、トロい性格のデルマー(ティム・ブレイク・ネルソン)だ。

貨物列車に乗り損ねた彼らは、手動モロッコを操る盲目の黒人老人に運命を予言される。「お前たちは宝物を求め、遠くて長い冒険をするだろう。数限りない障害に遭う。だが最後には宝が見つかるだろう。しかし、それはお前たちが求めた宝物とは違うのだ」

脱走したのには理由がある。エヴェレットが昔強盗して隠しておいた120万ドルを手にするためだ。その場所は早くしなければ、ダム建設によって川底に沈んでしまうらしい。

ピートの従兄弟の家に逃げ込んだ3人は、新しい服を手に入れて目的地までの旅を始めることに。しかし、従兄弟の密告で、それはいきなり逃亡の旅へと変わる。エヴェレットが髪に塗ったポマードの臭いに反応する、保安官が連れた地獄の猟犬。

十字路でヒッチハイクするギター片手の黒人青年トミー・ジョンソンを拾うと、「歌えば金になる」ことを聞かされて、地元のラジオ局へ出向く。

トミーを加えて「ズブ濡れボーイズ」と名乗ってレコードを吹き込み。また、銀行強盗のジョージ・ネルソンの“仕事”に付き合う羽目にも。

ところが小金を持った途端、彼らには災難続き。エヴェレットの本当の目的は、妻(ホリー・ハンター)と娘たちを、偽善の婚約者から取り戻すためだったことも判明。120万ドルの話は嘘だったと告白する。

そこに州知事選挙の対立候補たちが絡んできたり、おまけにトミーがKKKに捕まったりと、一体彼らのこの先の運命はどうなるのか?……

クライマックスのライヴシーン。取っ払いのギャラが欲しくてたまたま吹き込んだレコードが、まさかの大ヒットをしていることを知らない彼らの反応が面白い。

T・ボーン・バーネットがプロデュースしたサウンドトラックは、全米チャート1位を獲得。アメリカだけで800万枚以上をセールスしたというから驚きだ。

観ていて楽しめつつ、どこか郷愁を呼ぶ映像やストーリーは、2000年を迎えたアメリカで大ヒット。ジャズ、ゴスペル、ブルーズ、カントリーといった20世紀の大衆音楽やルーツ・ミュージックが育まれた、南部の音風景や体臭を感じる大傑作となった。

文/中野充浩

参考/『オー・ブラザー!』パンフレット

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