ロスト・ハイウェイ〜たった1シーンに凝縮されたデヴィッド・リンチの世界
『ロスト・ハイウェイ』(Lost Highway/1997年)
以前、デヴィッド・リンチ作品について触れた時、その独特の世界観に好き嫌いがはっきり分かれると書いた。
色彩感覚溢れる映像美、拘り選び抜かれた音楽から、普通ではないクセの強い登場人物、暴力や死やセックスの表現方法まで、まさに唯一無比のリンチ・ワールドとでもいうべき時間と向き合えるかどうか。
好きな人にとっては、デヴィッド・リンチは最高の監督に違いない。小説の1ページ目から読者をがっつり引きつける作家がいるのと同じように、リンチは最初のワンカットから、観る者をその強烈な世界に誘える希少な映画作家といえる。
「この人にしか作れない映画」「誰にも真似できない映画」を作れる人。かといって、アートフィルムと呼ぶような非商業主義でもない。
例えば『ブルー・ベルベット』『ツイン・ピークス』『ワイルド・アット・ハート』で“やられた”人は多い。言ってみれば、リンチ映画は常用性・中毒性が高いドラッグのようなもの。
作品をまともに理解しようとすれば、それは虚しい努力に終わる。謎は永遠に解決されない。大事なのは、全編を貫く一つの確固たるムードやイメージであり、理解や解決といった答えを求める類いではない。
デヴィッド・リンチ監督自ら、「映画の半分は映像で、もう半分がサウンドだ」と言い切るように、音楽を愛する映画作家でもある。『ブルーベルベット』ではロイ・オービソンの「In Dreams」、『ワイルド・アット・ハート』ではエルヴィス・プレスリーの「Love Me Tender」が効果的に使われていた。
『ロスト・ハイウェイ』(Lost Highway/1997年)の制作における、リンチの言葉だ。
突然、全く異なる人格・友人などを持ってしまう病「サイコジェニック・フーガ」(心因性記憶喪失)を取り入れたこの作品も、当然のように理解や解決を期待してはいけない。
つまり、ムードやイメージを心地よく酔い知れるためには、音楽のチカラが必要不可欠なのだ。本作ではデヴィッド・ボウイ、トレント・レズナー(ナイン・インチ・ネイルズ)がそれにあたる。
また、1997年といえば、あの『タイタニック』が公開された年。誰にでも理解・解決できる愛の感動作が空前の大ヒットを飛ばしていた頃、デヴィッド・リンチはハリウッドの片隅でひっそりと、ノワール映画の暗闇に取り憑かれていた。
夜のパーティシーン。主人公が初対面の不思議な男と交わすセリフだ。
トラブルに巻き込まれる男と女たち。次第に危険な状況へと引き込まれていく。出来事は夜にしか起こらない。フィルム・ノワールの美学を凝縮したような、恐ろしくも素晴らしいシーンだった。
『ロスト・ハイウェイ』の魅力を伝える時は、これだけで十分だ。
文/中野充浩
参考/『ロスト・ハイウェイ』パンフレット
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