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パリ、テキサス〜再会と別離と放浪を描くロードムービーの最高峰

『パリ、テキサス』(PARIS,TEXAS/1984年)

深く愛を失った男がいる。仕事や金、家族や友人すべてを捨て去って、男は独り、旅に出る。情報も時間も何も関係のない場所へ。傷だらけの心に刻まれた想い出だけを背負って。その果てには何があるのか?

──こんな放浪体験をしたことがある人がいれば、映画『パリ、テキサス』(PARIS,TEXAS/1984年)は、きっと特別な意味を持つことになるに違いない。でも多くの人は、現実や生活のしがらみで実行を断念することだろう。

放浪には勇気と覚悟が必要、と言うのは多くの人の感覚で、実際に移動する人にとっては必然な出来事に過ぎない。

しかしどちらにせよ、孤独な魂は、深く愛を失った男に影のようにつきまとう。まるでタフに生きていくための試練みたいに。

監督は『都会のアリス』『まわり道』『さすらい』といった本物のロードムービーを作り続けてきた映像作家ヴィム・ヴェンダース。

イメージとなった原作は、俳優/劇作家で知られたサム・シェパードの著作『モーテル・クロニクルズ』。そして音楽はこの人以外は考えられないという、さすらいのミュージシャンであるライ・クーダーが担当した。

ストーリーも音楽もキャスティングも撮影も、何かもかもが静寂の魅力と哀しみの美学に貫かれたこの作品は、カンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを獲得。「ロードムービーの最高峰」として知られる永遠の名作となった。

撮影前の1983年の暮れ。ヴィム・ヴェンダースはカメラ片手に、初めてのアメリカ西部を2〜3ヶ月間旅して回った。リサーチやロケハンと言うより、それはヒューストン、ロサンゼルス、二ューメキシコ、テキサス、アリゾナといった、光をとらえるための旅だった。

土地特有の風景に対する理解を深め、感性を研ぎ澄ましておきたかったのだ。彼はこれが与えられた最後のチャンスだと思って、膨大な数の写真を撮り続けた。

「アメリカ西部は何かが終わり、破滅していく場所なんだよ」

『Switch』(1988年)より
日本公開時の映画チラシ

物語はテキサスの荒野をさまよう男、トラヴィス(ハリー・ディーン・スタントン)の姿から始まる。

ウォーターバッグの水が切れて、たまたま辿り着いた小屋でそのまま倒れ込むトラヴィス。所持品から連絡先が判明して、ロサンゼルスから弟が身元を引き取りにやって来た。

ところが、トラヴィスは記憶をなくしたかのように口も利かない。ただ一言、「パリ、テキサス」とだけ呟く。そこはフランスのパリではなく、テキサス州の荒地の名前であり、トラヴィスは昔、そこに通販で土地を買っていたのだった。

4年間の失踪と放浪は、弟夫婦にとっては兄の死同然であり、トラヴィスの一人息子である幼いハンターを我が子同然に育てていた。再会を果たす親子だが、その距離は遠い。

しかし、昔の8ミリフィルムやハンターの小学校の送迎を繰り返すうちに、父と子の関係が蘇る。

いつまでも居候の身であるわけにはいかない。そんな時、別れた妻ジェーン(ナスターシャ・キンスキー)が、毎月ハンター宛に送金してくる事実を知る。それはテキサス州ヒューストンの銀行からだった。

トラヴィスにとっては別れた妻、ハンターにとっては母親を探す旅が始まる。子はその道中で父の心の傷を知る。ある昼下がり、銀行でジェーンを発見して車で尾行する二人。

ジェーンは怪しげなビルに入って行く。トラヴィスが見たのは、マジックミラーで仕切られた個室。そこは客側からしか相手を観ることしかできない、覗き部屋のようなアダルトサービスだった……。

覗き部屋でのトラヴィスとジェーンの会話シーン。「愛し合っていたある男と女の話」という語りで、荒れた結婚生活や愛の喪失、男の放浪の理由を口にしていくトラヴィスに、それがまさか自分たちの話だとは夢にも思っていないジェーン。

二人が住んでいた「トレーラー」という言葉に、見えない鏡の向こう側に、トラヴィスがいることを悟る瞬間は、映画史に残る名シーンだ。

なお、ヴェンダースはこの映画で、ライ・クーダーと初めて仕事をした。ライはサウンドトラックに取り組む際、映画のラフカットをじっと見つめることから始めたという。

確かなフィーリングをつかんで音が聴こえて来るまで、じっとその時を待つ。映画というのは、まずその映画全体のムードを象徴するような場面から始まるものなんだ。僕はそれを読み取り、コードに置き換えてみる。

『パリ、テキサス』の場合はEフラットだった。あの冒頭のシーンだけで何を語りたい映画なのか、すぐに分かった。トラヴィスが独りで歩いているシーン、あれがあの映画のすべてなんだ。

『Switch』(1988年)より

文/中野充浩

参考/『Switch』(1988年4月号、8月号)

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