ドリーム〜NASAでの差別や偏見に挑んだ黒人女性たちの“知性と強いハート”を描いた感動作
『ドリーム』(Hidden Figures/2016年)
1957年10月4日。アメリカと冷戦状態にあったソ連が人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功した。宇宙が「まだ見ぬ未知の光景」だった状況が、これによって一変。さらにその一ヶ月後には、ソ連は早くも犬を乗せて2号を打ち上げ。
“鉄のカーテン”の中で起こったこの立て続けの現実に一番衝撃を受けたのは、言うまでもなくアメリカだった。「もう先を越されてはならない」
アメリカは本格的な宇宙開発に取り組むべく、1958年10月にNASAを設置。翌年には宇宙飛行に相応しい人材探しを始める。こうして、カプセルに人間を入れて宇宙に打ち上げるという、有人衛星計画「マーキュリー計画」が早急に進められていく……。
『ライトスタッフ』は、マーキュリー計画に選ばれた7人の宇宙飛行士の葛藤と栄光、彼らが憧れた真のパイロットである孤独なチャック・イェーガーに焦点を当てた物語だった。
また、『遠い空の向こうに』は、夜空に弧を描き流れていくスプートニクを見上げながら、「いつか自分でロケットを打ち上げたい」と心奪われた、少年たちの夢を描いていた。
今回紹介する『ドリーム』(Hidden Figures/2016年)は、NASA内部からの視点。宇宙飛行士だけでなく、コントロールセンターのスタッフ、開発エンジニアをはじめ様々な人々が関わり合うこの場所で、偉業を成し遂げた3人の黒人女性数学者たちの“隠された姿”を追った感動作だ。
舞台となるのは1961年、ヴァージニア州ハンプトンのNASAラングレー研究所。西計算グループには、優秀な頭脳を持つ黒人女性たちが集い、計算手として働いている。
その中には、頼れるリーダー格のドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー)、技術職に興味があるメアリー・ジャクソン(ジャネール・モネイ)、そして天才的な数学の才能を持つキャサリン・ゴーブル・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)らがいる。
しかし、この時代のアメリカ南部がそうだったように、最先端のNASAにおいてでさえ、ホワイト(白人)とカラード(有色)の人種差別が満ちていた。劣悪なオフィス環境や位置だけでなく、給与や待遇も、白人と比べて明らかに差があるのだ。
ドロシーは、長年空白になっていて自分が代行している管理職への正式昇進を希望しているものの、上司のミッチェル(キルスティン・ダンスト)から、「黒人グループには管理職を置かない」と却下されてしまう。
メアリーは、NASAでエンジニアになるには、白人の高校への入学が必須条件であることを知らされる。
キャサリンは、黒人女性として初めてハリソン(ケヴィン・コスナー)率いる宇宙特別研究本部に配属。だが、白人の男ばかりである職場の雰囲気は重く、初日から偏見をむき出しにされる。
それでも3人は、国家の威信をかけたマーキュリー計画のため、努力と知性、情熱と強い心で、数々の苦難を乗り越えようとする。
ある日、仕事が完璧なはずのキャサリンをハリソンが問い詰める。
「何してた? いつも君は席を外してる。毎日どこに?」
「トイレです」
「トイレだと? 1日に40分も!? なぜだ。君には期待してるんだぞ!」
すると、静かな性格のキャサリンが顔を上げて、遂に言い放つ。
そして、ハリソンは人間らしさに目覚めたのだろう。トイレの区別を破壊して「NASAでは小便の色はみんな同じだ!」と言ったり、機密会議にキャサリンを参加させたりと、改革の手助けをする。“本当の上司”なら、当然やるべき行為だ。
物語は、1962年2月のジョン・グレン飛行士が挑んだ地球周回軌道飛行のエピソードで終わるが、この映画が何より観る者の心を打つのは、キャサリンたちが自分一人の野心のためではなく、チームのために声を上げて行動するところだ。
黒人であること、女性であること、シングルマザーであることが不利だったあの時代。彼女たちの勇気ある言動は、“開拓”そのものだった。宇宙開発に貢献したこと以上に、この点が素晴らしいのだ。
働き方改革が活発化してきた今の日本も、この映画から学ぶべきことは必ずある。
文/中野充浩
参考/『ドリーム』パンフレット
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