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歌追い人〜アパラチアの美しい風景の中で歌い継がれた“幻の歌”を集める
『歌追い人』(Songcatcher/2000年)
アメリカ大衆音楽の形成にあたって、アイルランド系移民たちが果たした大きな役割、その苛酷な歩みは、別コラム「黒人の“ブルース”に呼応したアイルランド系移民の“ハイロンサム”」(TAP the POPのサイトに飛びます)に詳しい。
ヴァージニア、ケンタッキー、テネシー、ノースあるいはサウスカロライナなどの各州をまたがる山岳地帯アパラチア。人里離れたこの山奥に暮らしていた彼らは「マウンテン・ピープル」と呼ばれ、都市部の文明と接触しないことが原因で、「野蛮な人々」と思われていた。
1908年のある日、オリーヴ・キャンベルという女性が夫と共に、ほとんど誰も訪れることのなかったアパラチア一帯を旅して渡り歩いた。
彼女が魅了されたのは人々が歌い、踊る音楽。祖国から持ち込み、母から娘へ、祖母から孫へと歌い継がれた歌の数々……。そこには“幻の歌”が大量に残されていたのだ。
彼女はこの素晴らしさを世に広めようとするが、1915年にイギリスの学者が採譜して出版するまで注目されることはなかった。
『歌追い人』(Songcatcher/2000年)は、この事実に心奪われたマギー・グリーンウォルド監督が、念入りなリサーチを重ねて撮りあげた名作。
まだ電気録音もなく、音楽産業が確立される以前の時代。堅物の音楽学者の女性が山の音楽を採譜し、歌集めをしながら、次第に人々の交流を通じて愛することに目覚め、心で生きていくことを決意するまでの姿を描く。
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この映画が素晴らしいのは、音楽だけではない。静かな緑、澄んだ川。そこに侵入してくる石炭発掘、森林伐採、鉄道敷設などの文明。そして何よりも人々の暮らしの描写と、音楽が果たす役割、力、想いが観る者の心を打つ。
音楽監督は、ボブ・ディランの1975年の伝説的ツアー「ローリング・サンダー・レビュー」、ブルース・ホーンスビー&ザ・レインジのメンバーとして知られるデヴィッド・マンスフィールド。
“山の音楽”が、同じ境遇にいた黒人たちのブルーズと結びつくことは有名だが、映画でもブルーズマンのタジ・マハールが出演。興味深い演奏を披露している。そしてエンディング・ナンバーを歌うのは、良質なカントリー音楽の継承者エミルー・ハリスだ。
その後、マウンテン・ミュージックやバラッドは、音楽産業によって1920年代に“発見”。「ヒルビリー」として売り出され、カントリーやブルーグラス、フォーク、そしてロックンロールやロカビリーに発展していく。
アパラチアの孤高の響きに、人々はなぜ魅了されるのか? その原動力は何だったのか? それを知るために数多くの関連文献とめぐり遇った。すると、二つの書物のある一節が心を捉えた。
アイルランド人の精神と魂の中において、“風景”というものが他より遥かに大きな意味を持っている。
彼が演奏するアイルランドの音を聞きながら、僕は遠くつらなるアパラチア山脈の見える方向へ視線を移した。音と“風景”はいっさいの違和感も矛盾もなかった。
文/中野充浩
参考/『歌追い人』パンフレット
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