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バベル〜菊地凛子の演技は息ができなくなるくらい哀切極まりなかった

『バベル』(Babel/2006年)

東京には、100m以上の高層ビルが約500棟も建ち並ぶ(2016年独自調査)。うち約70%は、ここ15年間で大資本によって竣工されたもの。特に都心5区と呼ばれる千代田、中央区、港区、新宿区、渋谷区には約65%が集中している。

背の高い建築物が紡ぎ出す風景こそ、東京最大の特徴と言えるが、何か異様なパワーが渦巻いているような世界観を漂わせる都心は、さながらパラレルワールド(同時並行世界)のようだ。

都心のタワーマンションの高層階に居住したことがあるなら人なら、誰もが知っている。

窓の外に広がっているのは、いつもと同じ場所から、いつもと同じ輝きを放つ東京タワーやスカイツリーやレインボーブリッジであり、動きがあるのは首都高を流れるミニカーの群れ、線路を進む蛇のような新幹線、星を望めない夜空に時々過ぎ去っていく飛行機くらい。舗道を歩く蟻のように見える人々が、どんな服を着ているのか、雨がどれくらい降っているのか、そこからは何も感じない。

実際に街へ出ても、それらをクリックして中へ入っていく感覚はすでになく、スマホの画面をタップしてSNSの投稿を次々とフリックしているような、上滑りしていく浮遊感だけが強く残る。こんな場所で普遍的な愛や絆、心の体温を感じることは難しい。

映画『バベル』(Babel/2006年)には、まさに“現代のバベルの塔”とでも云うべきタワーマンション群や都心の街が出てくる。そこに住む父と娘は心を通わせることができないまま、孤独と葛藤の中に生きていた。

遠い昔、言葉は一つだった。
神に近づこうと
人間たちは天まで届く塔を建てようとした。
神は怒り、言われた。
「言葉を乱し、世界をバラバラにしよう」
やがてその街は、バベルと呼ばれた。

(旧約聖書 創世記11章より)
日本公開時の映画チラシ

神の怒りを買ったノアの子孫たちのエピソードに、インスピレーションを得たこの作品は、愛の不足ゆえに悲劇が世界の至る場所で連鎖し、そこにいる人間たちが混乱していく姿を描き出していた。

アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督は言う。

「人を隔てる壁について映画を撮り始めたのに、次第に人と人を結びつけるものについての映画に変わっていった」

『バベル』パンフレットより

舞台となるのはモロッコ、アメリカ、メキシコ、そして東京。4つの人間模様が交錯しながら、4つの言語で物語が進んでいく。

ブラッド・ピットやケイト・ブランシェットといった、ハリウッドスターたちのスター性を一切排除した演技も素晴らしかったが、役所広司、菊地凛子、二階堂智ら日本人俳優たちの演技はひときわ印象的だった。

オーディションに来た菊池の才能に圧倒された。彼女が捉えていた悲しみと孤独には誰も近づけなかった。彼女を選んだことは、僕がこれまでしてきた判断の中で最も優れたものだった。(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督)

『バベル』パンフレットより

聾啞の女子高生を演じた菊地凛子は、アカデミー賞の助演女優賞にノミネート。全裸になって刑事に愛を求めようとする姿に、ケイト・ブランシェットは「息ができなくなるくらい哀切極まりなかった」とコメントした。

僕は箱根にも行ったことがあるんだ。美しい自然に囲まれてのんびりとしていたら、お年寄りの男性と知的障害を持っているらしい女性がそばを通りかかった。男性は女性の腕をしっかりと掴んでいて、僕はそこに大きな愛を感じたんだ。物凄い感動を覚えた。

それとはまったく別の機会に、耳の聞こえない男子高校生を見かけたし、奇妙にエロチックな女子高校生も見かけたりした。そういう小さなことが僕の心の中で一つになっていったんだ。(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督)

『バベル』パンフレットより

東京では撮影許可がなかなかおりないので、仕方なくほとんどをゲリラ撮影で挑んだ。父親が娘を車で送り届けるシーンがあるが、気まずい空気の中でドアを開けて街へ飛び出していく娘に向かって、当初の脚本では父親のセリフが「愛してるよ」になっていた。役所広司はこの時だけは監督に提案したという。

心の中でどんなにそう思っていても、日本人は親子で「愛してるよ」とは言わないし、ましてあの状況では絶対にありえないなと。その想いを伝えられないからこそ、心が触れ合えないわけだから。僕には実感を持って喋られるセリフではなかった。それで監督にその想いを話して、「愛してるよ」の代わりに「気をつけて」と言わせてもらったんです。

『バベル』パンフレットより

監督は俳優の気持ちをしっかりと受け入れた。改めてこのシーンを見ると、俳優の判断の素晴らしさが分かる。

モロッコの険しい環境の村。現地の子供たちが放ったライフルの一発の銃弾が、すべての始まりだった。

悲しみに囚われ絆を取り戻すために、モロッコを訪れていたアメリカ人夫婦。留守中の彼らの小さな子供たちを、アメリカで世話しているメキシコ人の乳母。妻の自殺以来、心の溝が互いに深くなるだけの日本人の父と娘。そこに現れる若い刑事……。

人々が真実の愛に気づき、目の前にいる相手と抱き合う姿が印象的だった。ラストシーンで流れる坂本龍一の音楽も忘れられない。

文/中野充浩

参考/『バベル』パンフレット

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