ラウンド・ミッドナイト〜酒と煙草と真夜中のモダン・ジャズ
『ラウンド・ミッドナイト』(ROUND MIDNIGHT/1986年)
20世紀の幕開けと共に生まれ、それまで陽気なダンス・ミュージックだったジャズが、1940年代のビ・バップ登場によって鑑賞芸術となり、以降~1960年代までジャズは“モダン・ジャズ”として真の黄金期を迎える。
チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、マイルス・デイビス、バド・パウエル、アート・ブレイキー、アート・ペッパー、クリフォード・ブラウン、ソニー・ロリンズ、オーネット・コールマン、ジョン・コルトレーン、ビル・エバンスといった偉大なジャズマンたちは、みんなこの黄金期に輝かしい録音やステージを残した。
しかし、その美しい音楽の裏側には、地獄のような苦悩もあった。夜に生きるジャズマンにとって、麻薬や酒に深く溺れることは、至極の創造と表現の代償とでも言うべき“業”だった。
モダン・ジャズは、間違ってもオシャレなデートやレストラン向けの音楽ではない。モダン・ジャズとは、苦悩に満ちた夜の魂から絞り出される音楽のことを言う。
モダン・テナーの顔役であるデクスター・ゴードンも、そんな苦しみの中で紆余曲折しながら足跡を刻み続けた人だった。
1923年に生まれ、1940年にライオネル・ハンプトン楽団から始まったそのキャリアは、40年代後半にワーデル・グレイと組んだテナー・サックス・バトル・チームで最初の栄光を見る。しかし、デクスターは麻薬に溺れて、約束されていたはずの1950年代を棒に振ってしまう。
1960年夏、ブルー・ノート・レーベルで奇蹟の復活。ニューヨークへ移るものの、酒類局から麻薬常習を理由にキャバレーカードが支給されず(クラブでの演奏ができない)、1962年に仕事と理解を求めてヨーロッパへと渡った。
以後、デクスターは十数年をこの地で過ごしながら、ブルー・ノートに傑作を次々と録音。1976年に帰米を果たす頃には、デクスターは偉大な影響力を持つ、ジャズ界の大きな伝説となっていた。
映画『ラウンド・ミッドナイト』(ROUND MIDNIGHT/1986年)は、晩年のデクスター・ゴードンが主演したジャズマンの物語。ピアニストのバド・パウエルとデザイナーのフランシス・ポードラとの友情を題材にした実話の映画化だった。
ところが、アメリカに失望して自由なヨーロッパに活動を求め、アルコール中毒や麻薬の誘惑と闘いながら、最期はニューヨークで息を引き取るという内容は、この映画から4年後にこの世を去るデクスターの人生そのものだった。演技の必要もない。ゆえにアカデミー主演男優賞にノミネートもされた。
1959年のパリ。アメリカから渡って来たデイル・ターナー(デクスター・ゴードン)は、ブルー・ノート・クラブで演奏している。
入場料が払えずに、店の外でじっと陶酔する男フランシス(フランソワ・クリューゼ)は、デイルを神のように崇拝しているが、実生活は離婚して娘と二人暮らし。デザインの仕事もうまくいかずに生活も貧困している。
そして二人の静かな友情が始まる。フランシスはデイルを迎え入れ同居させ、マネージャーのように働く。父と娘にも明るさが戻ってきた。やがてデイルはトラブルの源だった酒を断つことを決意するが……。
映画で印象深いのは、近い死を覚悟しているデイルが語る言葉。デクスターのアドリブが含まれているので真実味がある。
ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、トニー・ウィリアムス、フレディ・ハバード、ロン・カーター、ジャッキー・マクリーン、ジョン・マクラフリンなどの一流ジャズマンが出演。“デイル・ターナー”を、尊敬の眼差しでバックアップしている。
Dexter Gordon 1923.2.27-1990.4.25
文/中野充浩
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