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シャイン〜ラフマニノフの難曲を弾き続けた実在する天才ピアニストの奇跡

『シャイン』(Shine/1996年)

「若いピアニストにとって、ラフマニノフに挑むのは危険な行為だ。気が狂って廃人になる」

長年、クラシックを聴くたびに、こんな台詞が頭の中にまとわりついてきた。一体どこから仕入れてきたんだろうか。音大出の友人から? それとも何かの文献?

『シャイン』(Shine/1996年)を久しぶりに観て謎が解けた。この映画だ。

オーストラリア出身の実在のピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴットの半生を描いた『シャイン』には、「ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番」が強迫的な存在として使われている。

メランコリックな叙情性に覆われた、「世界一難しい大曲」として知られるこの協奏曲は、近代ロシアの偉大なピアニストであり、作曲家でもあったセルゲイ・ラフマニノフが1909年に作曲したもの。

1873年生まれのラフマニノフは、1917年の10月革命の後にスイスに亡命。それから渡米してアメリカを第2の故郷にして、二度と故国の土を踏むことはなかった。そして第二次世界大戦中の1943年に70歳で死去。

過剰な甘さ、激しさ、哀しさ、不安などが混ざり合った、複雑な技巧を要する旋律の数々を遺した偉大な音楽家だった。

映画の中でも、英国王立音楽院のピアノの権威が若きヘルフゴットに教える時、こう言う。

「1本の手に10本の指があるつもりで弾け。ピアノを押さえ込め。演奏は一つ間違うと大怪我をするから気をつけろ」

映画『シャイン』より

別の先生は「あんな情熱的な曲は子供には無理だ」と警告までする。なのにヘルフゴットの父親だけは、「いつか弾きこなして父さんを喜ばしてくれ」と言うのだ。

ピアノはいつも父のために弾いていた。父を感動させたかった。僕は父を喜ばせたかった。それがすべてで、真実の姿だった。(デヴィッド・ヘルフゴッド)

『シャイン』パンフレットより
日本公開時の映画チラシ

1947年、オーストラリアに生まれたヘルフゴットは、6歳でピアノを弾き始め、すぐに天才的な才能を発揮。

両親はポーランドからのユダヤ系移民で、父親にはナチスの強制収容所で恐怖を味わったトラウマと、好きなヴァイオリンを習うことができなかった過去があった。

常に勝者であること、果たせなかった夢を、息子に押し付けてしまう父親。過剰な愛情は、時には所有欲と嫉妬となって若きヘルフゴットを苦しめた。

1961年、14歳の時に最年少でコンクールで優勝すると、青年はアメリカに行くように勧められるが、父親は頑なに拒否。

バリケードは1961年に築かれた。涙がこぼれ落ちた。それまではすべてが素敵だった。少しは荒れた時もあったけど。でもその後、憎しみの時期があった。僕は父の言いなりだった。さもないと酷い目にあった。アメリカに行けないことは残酷な転機になった。屈辱だった。(デヴィッド・ヘルフゴッド)

『シャイン』パンフレットより

しかし、ヘルフゴットの非凡さは誰の目にも明らかだった。1966年には英国王立音楽院の奨学金の申し出を受け、審査なしで入学を許可される。この時ばかりは、家族の結束を理由に思い止まらせる父親の猛烈な反対を押し切って、ロンドンに留学する。

素晴らしい教授にも恵まれ、いよいよ本格的な栄光への道が開かれたのだ。ヘルフゴットがあるコンクールで選んだのは「ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番」。

神との対話、愛の表現、自己の感情表現……次第に狂気と紙一重の日々を送っていくピアニスト。繊細な神経の持ち主だった彼は精神に支障をきたし、コンクール本番で弾き終えるとその場に倒れた。

映画はそれから十数年後の1983年。精神病院を退院して、下宿生活を送っている大人になったヘルフゴット(ジェフリー・ラッシュ)の姿から始まる。

雨に濡れながらピアノが置いてある閉店したワインバーの扉を叩き、意味不明なことを口走る彼のことを、誰も「あの日突然消えた天才ピアニスト」とは思わない。

だが、ある夜。自分の世界に生きていたヘルフゴットが、華麗な演奏を披露すると事態は急変。新聞の見出し記事となって、縁を切っていた父親が訪れてくる。

後ろ向きな考えは消去し、浄化しなくちゃいけない。そういった涙は処刑しなくちゃいけない。決して、決して後ろ向きには考えない。過去に生きるデヴィッドに未来はないから。(デヴィッド・ヘルフゴッド)

『シャイン』パンフレットより

そんな時、ヘルフゴットに運命の出逢い。占星術師のギリアンと恋に落ちて結婚。彼女の献身的な愛に支えられ、1984年に遂にリサイタルを開催して、観客の大喝采を浴びてカムバックするのだ。

こうしてピアニストの新たな人生が始まっていく。

素敵だった日のことを想い出そうとする。夕暮れ時にピアノに向かうと、僕は一つのシンフォニーになる……僕はピアノを弾く時、喋って喋って喋りまくる。自分をなだめて激励して集中する。ピアノを弾くことは素晴らしい。特権だ。唯一の生きる道なんだ。(デヴィッド・ヘルフゴッド)

『シャイン』パンフレットより

なお、映画での演奏の大半は、ヘルフゴット自身によるものだ。

文/中野充浩

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