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クロスロード〜ロバート・ジョンソンの“幻の30曲目”を探して
『クロスロード』(CROSSROADS/1986年)
アメリカ南部ミシシッピ州の田舎町で、2本道が交差して、一本の寂しげな木が立っている場所。人はそれを「クロスロード」と呼ぶ。例えば、クラークスデールのハイウェイ61号線と49号線が交差するあたり。
そこで野望を持った若きギタリストは、テクニックと作曲、名声と富を手にすることができる。
それは夜の零時の少し前だ。間違いなくそこにいること。そして、手にしたギターを弾いてみろ。黒い大男がやって来て、ギターを取り上げてチューニングをし始める。
大男はギターを一通り弾き終えると、黙ったまま返してくる。するともう、何だって好きなように弾けるようになる。ただし、条件がある。悪魔と取引しなければならない。自分の魂と引き換えに。
1936年11月23日、テキサス州サンアントニオ。
若きギタリストは古いホテルの廊下を歩き、ドアをノックする。白人の録音エンジニアが彼を招き入れる。「録音の経験は?」と訊かれると、首を横に振る。
ギタリストは、エンジニアに背を向けて椅子に腰掛ける。そしてウィスキーを一飲みして、スライドバーを指にはめる。その演奏にエンジニアは思わず顔を上げた。
──この有名な伝説の持ち主は「キング・オブ・デルタ・ブルーズ」のロバート・ジョンソン。ブルーズやロックを愛する人で、この話を知らない人はいない。
ロバートが弾くボトルネックギターがどれほど人の心を掴んだかというと、例えばローリング・ストーンズのキース・リチャーズとブライアン・ジョーンズのエピソードがその凄さを代弁してくれる。
二人がまだ、ロンドンの下町の薄汚い部屋で共同生活をしながら、ブルーズを研究するために毎日レコードを聴きまくっていた頃、ギタリストはロバートの他にもう一人いて、“二人が同時に弾いている”と思い込んでいたというのだ。
ロバート・ジョンソンは、1938年に27歳の若さでこの世を去った。毒殺や刺殺など様々な説があるが、とにかく十字路での取引があった時点で、すでに呪われる運命にあったということか。
生前にたった29曲しか録音しなかったことも、この男を伝説にした。ところが、実は幻の30曲目があるという。それを知るのは今ではただ一人。ロバートと行動を共にしていたハーモニカ吹きのウィリー・ブラウンだけ。
映画『クロスロード』(CROSSROADS/1986年)は、この永遠のロマンを描いたロードムービー。観る者すべての脳裏に、1930年代の「クロスロード」の原風景を焼きつけてくれる作品だった。
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ユジーン(ラルフ・マッチオ)は、NYの名門ジュリアードで、クラシックを学ぶ音楽エリート。しかし、モーツァルト以上にブルーズに取り憑かれるあまり、成績が危ぶまれている。
彼はロバート・ジョンソンの“幻の30曲目”の存在を知っていて、老いぼれたウィリー・ブラウン(ジョー・セネカ)を病院の施設で探し当てる。
「あんた、ウィリーだろ? ロバート・ジョンソンの『Cross Road Blues』に出てくるあの“ウィリー・ブラウン”だ」
「お前、変なクスリでもやったのか? そんな名前なんて大勢いる。角の食料品店も“ウィリー・ブラウン”だ」
「でも、ウィリーはあんたのようにハーモニカを吹くよ」
「吹けなきゃ、俺の故郷では女を抱けない」
最初はしらばっくれていたウィリーだが、二人はブルーズの故郷ミシシッピを目指して旅に出る。「ブルーズの学校はミシシッピの土だ」とぼやくウィリーにしてみれば、施設を抜け出す手段として利用しただけの若者にすぎなかったのだが……。
音楽担当が「さすらいのギタリスト」として知られるライ・クーダーというのもいい。南部の臭いや風景を完璧に表現している。ライは言う。「この作品では音楽が役者の役割をしているんだ」と。
秀逸なシーンもいくつかある。ユジーンが旅の途中で、ヒッチハイカーの女の子と恋に落ちるのだが、結局彼女は一人去ってしまう。目覚めると彼女はいない。現実を知って悲しみに暮れるユジーン。そしてウィリーは静かに呟く。
ブルーズは、失った女を想う男の悲しみだ。
30曲目なんて本当はない。それはお前が作るんだ。
実はウィリーは、若い頃に「クロスロード」で悪魔と取引していて、それを反故にするためにミシシッピの現場にやって来ていた。
もし、果たし合いでお抱えの凄腕ギタリストに勝てば、契約書を破ってすべてを解放しようと悪魔に言われるが、彼はハーモニカしか吹けない。そこでユジーンが禁断の勝負を買って出る。
ギターバトルという果たし合いの会場では、悪魔の化身ジャック・バトラー(スティーヴ・ヴァイ)が凄まじいテクニックを披露しながら、毎晩のように相手をなぎ倒している。
ユジーンもスライドギターで対抗するのだが、会場のムードはヘヴィメタルの早弾きに喝采。勝負あったかと思いきや、ユジーンはクラシックの超絶的な技巧を奏で始める(ここでジュリアードの学びが初めて役に立つ。結局はブルーズの勝負ではなくなるのだが!)。
この映画を観終わった時、二つのことを強く思った。どんなに優れていても、知識が豊富でも、所詮、経験にはかなわないということ。経験こそが人を成長させ、心を豊かにしてくれるということ。
そして、そんな音楽に身を捧げたロバート・ジョンソンが、むしょうに聴きたくなることだ。
文/中野充浩
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