スカーフェイス〜ラッパーたちの間でバイブル化したトニー・モンタナの壮絶な生き様
『スカーフェイス』(Scarface/1983年)
公開当時は興行成績や評価から見放されたにもかかわらず、時間の経過とともにカルト的な人気を確立する作品がある。有名なところでは『ブレードランナー』などはその最たる例だろう。
今回紹介する『スカーフェイス』(Scarface/1983年)は170分を超える大作ながら、今も熱狂的なファンによって支持されているギャング映画の傑作。
特に都市部貧困層の黒人やラテン系の若者たちへの影響は大きく、ギャングスタ・ラッパーたちの間でバイブル化。主人公の成り上がっていく姿に、自身のライフスタイルを重ね合わせたのだ。
原題からも分かるように、この作品はハワード・ホークス監督によるシカゴのギャング、アル・カポネをモデルにした1932年の『暗黒街の顔役』(Scarface)を現代に置き換えたリメイク。Scarface(傷痕)とは、カポネの顔にあったナイフで切られた傷のこと。
注目すべきは、オリバー・ストーンの手による脚色。この頃のストーンは『ミッドナイト・エクスプレス』の脚本家として知られる一方、監督作『キラーハンド』の失敗に落胆していたと言われる。
秀逸だったのは、1930年代の酒の密売から1980年代のコカイン密輸へ、主人公をイタリア移民からキューバ移民へ、そして舞台をフロリダの陽射しが眩しいマイアミに変えたこと。ストーンは警察、FBI、弁護士、闇の組織までを、丹念に取材したそうだ。
監督は、この脚本に感動したブライアン・デ・パルマ。主人公トニー・モンタナにはアル・パチーノ。役作りのため、実際の亡命者たちと一緒に過ごし、ライフスタイルや道徳観、話し方などを吸収した。音楽はジョルジオ・モロダーで、ミスマッチなはずのディスコサウンドが、妙に心地良く聴こえてくるから不思議だ。
(以下、ストーリー含む)
1980年、春。カストロ率いるキューバは、アメリカのカーター大統領政権下の圧力で、マリエル・ハーバーを開港。反カストロ支持者たちは、港に群がってフロリダ半島を目指した。
亡命を希望するボートピープル、その数、約12.5万人。うち2.5万人には、政治犯や刑務所から釈放された囚人をはじめ、犯罪歴があった。
トニー(アル・パチーノ)も、そんなアメリカン・ドリームを掴もうとする一人。アメリカの入国管理局の尋問では、「ジェームス・キャグニーやハンフリー・ボガードの映画を観て英語を覚えた。俺は政治犯だ」と嘘ぶく。トニーの顔の傷や手に彫られた刺青が警戒され、相棒のマニー(スティーヴン・バウアー)と移民キャンプに隔離される。
キャンプ内で政治犯を殺害して、見返りにアメリカでの身分証を手に入れた二人に新しい仕事が入る。指定されたモーテルへ行って、見知らぬ相手とコカイン取引をしてくるのだ。
金欲しさにマニーたちと現場に出向くトニー。しかしこれは罠で、仲間の一人が殺される。トニーは間一髪、相手を射殺した。
依頼主である地元のギャングのボス、フランク(ロバート・ロッジア)のもとへ、奪い取ったコカインを届けるトニー。これがきっかけでトニーとマニーはフランクから気に入られ、その顔をマイアミの夜の世界に広めていく。
そしてトニーは、フランクの女であるエルヴィラ(ミシェル・ファイファー)の美しさに心を奪われた。
先にアメリカで生活していた母のもとを訪れるトニー。母はヤクザな仕事で稼ぐトニーを見抜き、追い払う。一方、兄を慕う妹ジーナ(メアリー・エリザベス・マストラントニオ)は、派手な暮らしに憧れがあった。
数ヶ月後。ボリビアのコカイン取引の黒幕ソーサ(ポール・シェナー)と繋がったトニーは、もはやフランクをしのぐ存在になっていた。
危機感を持ったフランクは殺し屋を雇ってナイトクラブでトニーを消そうとするが、トニーは逆にトラップを仕掛けてフランクを血祭りにする。
ふと、空を見上げると、飛行船の航空会社の広告「The World is Yours」(世界は君のもの)が目に映った。
こうしてトニーはボスの座につき、エルヴィラを妻とし、豪邸を手に入れ、マネーロンダリング用にモンタナ興業を立ち上げ、マイアミで一大帝国を築き上げていく。
だが、巨額の脱税で、FBIが目をつけ始めるのは時間の問題だった。エルヴィラとも喧嘩別れして、次第に追い詰められるトニー。
そんな時、ソーサからニューヨークの麻薬取締委員会の最高顧問を暗殺することができれば、追及を断念させることが可能であるという取引が入ってきた。
ソーサが送り込んできた殺し屋と一緒に、ニューヨークで暗殺計画を実施するトニー。しかし、ソーサの殺し屋が相手の妻や子供もろとも爆破しようとしたことから、トニーは我慢できずに殺し屋を殺害。暗殺は失敗に終わる。
マイアミに戻ってきたトニーを待っていたのは、コカイン・コネクションの崩壊と損害に怒り狂うソーサからの電話だった。
さらに相棒マニーが溺愛する妹ジーナと関係したことを知り、興奮のあまりマニーを撃ち殺してしまう。二人が結婚したばかりだったことも知らずに。
すべてを手に入れたはずの男が、すべてを失っていく……。
トニーの豪邸に、次々と侵入してくる殺し屋たち。ソーサがやって来たのだ。ジーナが殺されて悲しみに暮れる中、「これが挨拶だ!」と、仁王立ちでマシンガンを乱射して出迎えるトニー。壮絶な撃ち合いが始まる。
背後から忍び寄る死の影。倒れこんだトニーの頭上には、「The World is Yours」の文字が光っている。
文/中野充浩
参考/『スカーフェイス』パンフレット、『80年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)
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