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イントゥ・ザ・ワイルド〜アラスカの荒野に消えた青年が孤独な旅で綴り続けた心の言葉

『イントゥ・ザ・ワイルド』(INTO THE WILD/2007年)

1992年、夏。アメリカの最北部アラスカ州の荒野。乗り捨てられた古いバスの中で一人の若者の遺体がヘラジカのハンターによって発見された。

名前はクリストファー・マッカンドレス(以下クリス)、年齢24歳。日記やカメラ、ソローの『ウォールデン/森の生活』など何冊かの小説もそばにあった。

クリスは東海岸の裕福な家庭で育ち、南部のエモリー大学を優秀な成績で卒業。その直後、2万4千ドルの貯金を全額慈善団体に寄付し、1990年のある日、突然旅に出た。

名前を変えて、2年間の放浪の末に遺体が発見されるまで、両親や妹は彼が何処にいるのかも、まったく知らされることはなかった。

クリスがなぜ旅に出たのか? なぜ死んだのか?という謎は全米の二ュースになり、ノンフィクション作家のジョン・クラカワーが、追跡取材を重ねて1995年に発表した『荒野へ』は大きな反響を呼んだ。印税の20%はクリス名義の奨学資金に寄付された。

俳優であり監督でもあるショーン・ペンは、LAの書店で『荒野へ』をたまたま見かけて、雪で埋まるバスの表紙写真を見て心を捉えられたという。

ショーンはその夜、むさぼるようにこの本を読んだ。そして、映画化の権利獲得に情熱を傾け、心の傷が残ったままの遺族の了承を得ることができた。

脚本の原案を書くためにテーブルに向かった時、初めて本を読んだときから10年の歳月が経っていたけど、再び読み返すことはしなかったよ。自分の中に宿っていることをただ書き下ろすだけでよかった。(ショーン・ペン)

『イントゥ・ザ・ワイルド』DVD特典映像、ブックレットより

映画『イントゥ・ザ・ワイルド』(INTO THE WILD/2007年)は、映画作家ショーン・ペンとしての最高傑作となった。彼は品位を崩すことなく、厳しい試練と孤独に耐え続けるクリスの姿と心を描き切った。発見された実際のバスは、両親とクリスに敬意を表して撮影には使わず、再現したものを使用した。

日本公開時の映画チラシ

主演したエミール・ハーシュは、アラスカで飢餓に苦しんだクリスの役作りのために、18キロも減量した。最終的には52キロまで落ちたという。

クリスはたくさんの困難を経験し、これらの冒険を通じて様々な感情に正面から立ち向かおうとしたんだと思う。彼は果てしなく興味深い人物だ。だからこの役にのめり込みたいと思った。それはとても名誉なことだった。(エミール・ハーシュ)

『イントゥ・ザ・ワイルド』DVD特典映像、ブックレットより

撮影は『モーターサイクル・ダイアリーズ』のエリック・ゴーティエで、クリスが辿った大自然の映像がうっとりするほど美しい。音楽はパール・ジャムのエディ・ヴェダーが担当。全編に流れるアコースティック音楽は、クリスの心象風景そのものだった。名優ウィリアム・ハートやハル・ホルブルックの演技も光る。

この映画『イントゥ・ザ・ワイルド』は間違いなく、2000年代に撮られた映画の中で最も素晴らしい作品の一つだ。

観る者は、クリスと一緒に旅をしているような感覚になる。クリスは決して死ぬために旅に出たのではない。社会のシステムに疑問を抱き、生きる歓びとは何か? 真の自由とは何か?を感じたかっただけなのだ。

我々の心には、きっとクリスのような生き方がどこかに宿っている。

自由気ままな旅は気分を高揚させる。
どこか逃避を思わせるからだ。
過去、抑圧、法律、面倒な義務からの絶対的な自由。

1990年、夏。
大学を卒業した22歳のクリス・マッカンドレスは、中古車を路上に走らせた。アリゾナ州で鉄砲水に見舞われて車を破棄。「アレグザンダー・スーパートランプ」という別名で、ヒッチハイクの旅を続ける。北カリフォルニアでは、親世代のヒッピー夫婦と出逢って語り合う。

北へ行くんだ。ひたすら北へ向かう。僕一人だけの力で。
時計も地図も斧もなし。何にも頼りたくない。
真っただ中で生きるんだ。そびえる山、川、空、猟獣。
荒野のど真ん中で。

1990年、秋。
サウスダコタ州の小麦畑でクリスは働く。経営者のウェインはおおらかな男で、クリスは兄のように慕う。しかし、違法行為によってウェインは逮捕。クリスは再び放浪に出る。

コロラド州で初めて乗ったカヤックで、激流下りをしたクリスは、メキシコへ入った後、再びカリフォルニアへ向かう。都会を歩いてみるが、夜の街に「エリートコースを進んでいた自分」を見たような気がしてたまらない気持ちになり、すぐに貨物列車に飛び乗る。

人生において必要なことは、
実際の強さよりも強いと感じる心だ。
一度は自分を試すこと。
一度は太古の人間のような環境に身をおくこと。
自分の頭と手しか頼れない、
過酷な状況に一人で立ち向かうこと。

クリスの足跡。ジョン・クラカワー著『荒野へ』より

1991年、冬。
カリフォルニアのアウトサイダーたちが集まるコミュニティで、ヒッピー夫婦と再会するクリス。そこで新たに出逢うトレイシーという少女。16歳のトレイシーはクリスに恋をするが、クリスにはもっと大事な目的があった。

幸福が現実となるのは、
それを誰かと分かち合った時だ。

1992年、1月。
カリフォルニアのソルトン・シティのヒッチハイクで、ロン・フランツという老人と出逢うクリス。ロンは若いクリスの言動を心配するが、お互いの身の上話をしているうちに友情が芽生える。クリスが発とうとすることを知ったロンは、妻子を亡くした自分の養子にならないかと持ちかけるが、クリスの心は北へ向かっていた。

100日だ! やったぞ!
しかし、体調は最悪だ。
死が重大な脅威となって不気味に迫って来ている。
衰弱が激しくて出歩くことも出来ない。
文字通り、荒野の罠に捕らえられてしまった。
獲物はない。

1992年、4月。
遂にクリスは、旅の最終目的地であるアラスカの山岳地帯に到達。僅かな食糧と荷物を頼りに、雪景色の大地を進んで行く。

放置されたバスを発見してからは、そこがクリスの家となった。目の前に広がる静寂と限りのない自然は、クリスが夢見ていた世界だった。

しかし、やがて食糧不足で痩せこけていくだけのクリス。猟の失敗、雪解けした大自然の驚異を経て、植物採集で空腹を乗り越えようとする。そこには“荒野の罠”があることも知らずに……。

僕の一生は幸せだった。
ありがとう。
さようなら。
皆さんに神のご加護がありますように!

Christopher McCandless 1968.2.12-1992.8.18

アラスカでのクリス。
Christopher McCandlessのFacebookページより

文/中野充浩

参考/『イントゥ・ザ・ワイルド』DVD特典映像、ブックレット

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